木・森の福
神倉神社とゴトビキ岩|熊野の神が最初に降りた538段の聖地
神倉神社(かみくらじんじゃ)は、和歌山県新宮市の神倉山、断崖の上に鎮座する熊野速玉大社の摂社です。御神体は「ゴトビキ岩」と呼ばれる巨岩。熊野速玉大社の公式サイトが「熊野大神が熊野三山として祀られる以前に一番最初に降臨された聖地」と記す、熊野信仰の原点と伝わる場所です。
そこへ至る参道が、源頼朝が寄進したと伝わる538段の急な石段。2004年7月には世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部にも登録されました。住所は和歌山県新宮市神倉1-13-8です。
御神体の名は、方言で「ヒキガエル」
調べていて印象的だったのは、御神体の名前でした。「ゴトビキ」とは、ヒキガエルを表す新宮の方言。熊野の神々が最初に降り立ったと伝わる聖地の中心に据えられているのは、荘厳な建物ではなく、カエルにたとえられた巨岩なのです。岩そのものを御神体とするあり方に、社殿が建つより前の信仰の気配を感じます。
祭神は天照大神と高倉下命(たかくらじのみこと)です。創建は景行天皇58年、西暦128年頃と伝わりますが、これは伝承の域を出ない話で、裏づけとなる記録が残っているわけではありません。一方、『古事記』『日本書紀』には、神武東征の際に神武天皇が登った「天磐盾(あまのいわたて)」の地とする伝えもあります。真偽を確かめるすべはなくても、記紀の時代からこの断崖が特別な場所と見なされてきたことはうかがえます。
面白いのは、麓の熊野速玉大社との関係です。神倉山に降臨した熊野の神々を、のちに麓の新しい社殿に移して祀った——だから速玉大社は「新宮」と呼ばれる。この元宮伝承が、新宮という呼び名の由来として速玉大社の由緒に伝えられています。摂社という控えめな肩書きながら、神倉神社は熊野三山の物語の出発点にあたる存在なのです。新宮市という地名まで含めて、その遠い源流にこの岩山があると考えると、「摂社」という言葉の印象がずいぶん変わって見えてきます。
頼朝が寄進したと伝わる538段
社殿へ続く538段の石段は、建久4年(1193年)に源頼朝が寄進したと伝わります。ただし、これを伝える史料は『熊野年代記』のみ。裏づけが一つしかない以上、「頼朝寄進の伝承を持つ石段」と受け取っておくのが正確なところです。ちなみに、このあと触れる御燈祭りの起源年を伝えるのも同じ『熊野年代記』で、神倉神社の歴史の節目ではたびたびこの一冊が語り部の役を務めています。
伝承の真偽はどうあれ、石段の急峻さは現在も変わりません。公式にも注意喚起がある通り、御年配の方は無理をせず、下の鳥居からの参拝がすすめられています。訪れるなら歩きやすい靴で、時間に余裕を持って。ここは聖地であると同時に、足元への注意が本当に必要な場所でもあります。
御燈祭り——白装束の男たちが炎とともに駆け下る夜
この石段が一年で最も熱を帯びるのは、毎年2月6日の夜です。御燈祭り(おとうまつり)。「上り子」と呼ばれる白装束の男たちが松明を手に神倉山へ登り、燃える松明とともに538段を駆け下ります。上り子として参加できるのは男性と定められた伝統の祭事で、平成28年(2016年)3月には国の重要無形民俗文化財に指定されました。
起源について『熊野年代記』は敏達天皇3年(574年)と伝えますが、これも同書だけの記述です。新宮市の公式な説明は、起源を特定の年に断定せず、古代から続く熊野山伏の伝統と位置づけるにとどめています。1400年以上前からと言い切ることはできないものの、長い歴史を背負った火祭りであることは資料の上でも確かです。
伝承同士の年代を並べてみるのも面白いところです。頼朝が寄進したと伝わるのは鎌倉時代の石段、御燈祭りの起源として伝わるのはそれより600年ほど古い年。つまり伝承の上では、祭りのほうが石段より先にあったことになります。この場所に積み重なってきた時間の厚みが、数字の並びからも透けて見えます。
三つの物語が重なる岩山
神武東征の天磐盾、熊野の神々が最初に降りた元宮、そして炎が石段を駆け下る火祭り。一つの岩山に、これだけの物語が三重に積み重なっている場所はそう多くありません。訪れるなら、御燈祭りの夜の熱気を選ぶか、静かな平常の日を選ぶか。同じ石段でも、見える顔はまるで違うはずです。
訪れる際は、ここが今も生きた信仰の場であることを忘れず、岩と社殿への敬意を持って静かに参拝したいところです。所在地や周辺のスポットは神倉神社のスポットページにまとめています。
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参考・出典
- https://kumanohayatama.jp/?page_id=18
- https://www.city.shingu.lg.jp/info/35
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%80%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE