高野山(総本山金剛峯寺・壇上伽藍)|どんな福が宿る場所か
弘仁7年(816)、嵯峨天皇より高野の地を賜った弘法大師空海が真言密教の根本道場として開いた聖地。壇上伽藍と奥之院は二大聖地と呼ばれ、奥之院の御廟には大師が今も人々を救い続けると伝わる入定信仰が息づき、1日2回食事を捧げる「生身供」が続く。2004年に世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産に登録された。
時のながれ
- 弘仁7年(816) — 嵯峨天皇より高野山の地を賜り、空海が真言密教の道場として開創。壇上に金堂ほか諸堂を建立し金剛峯寺と名付けたと伝わる
- 承和2年(835) — 3月21日、空海が奥之院に入定。以後「大師は今も生きて人々を救い続ける」という入定信仰が広まる
- 延喜21年(921) — 醍醐天皇より「弘法大師」の諡号を賜る
- 平成16年(2004) — 世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産として登録
備考
開創(816年・空海・嵯峨天皇下賜)は金剛峯寺公式サイトと和歌山県世界遺産センターで確認。入定(835年)・諡号(921年)・生身供は高野町観光協会公式で確認。世界遺産登録(2004年)はWikipediaと県世界遺産センターで確認。座標はWikipedia「金剛峯寺」の座標(主殿、北緯34度12分50.7秒・東経135度35分3秒)を採用。壇上伽藍単独の座標はWikipedia日本語版に掲載がなく(金剛峯寺記事へ統合)、主殿は壇上伽藍の東隣接のため代表座標として妥当と判断。「大師が今も生きて救済を続ける」は入定信仰としての伝承であり、史実としてではなく信仰として記述すること。 / 品位注意: 奥之院御廟橋から先は撮影禁止など宗教上の作法がある聖域のため、紹介時は参拝マナーへの言及が望ましい。入定信仰は現役の信仰対象であり、興味本位・オカルト的な扱いは品位を損なう。ご利益の保証表現は不可(「信仰で知られる」まで)
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの福
- みたらい渓谷(御手洗渓谷)(水の福・約26.9km)
- 泉穴師神社(いずみあなしじんじゃ)(縁の福・約34.9km)
- 道明寺天満宮(学の福・約39.6km)
- 方違神社(除の福・約41.3km)
参考・出典
- 高野山真言宗 総本山金剛峯寺 公式サイト(高野山真言宗 総本山金剛峯寺)
- 高野山|世界遺産 紀伊山地の霊場と参詣道(和歌山県世界遺産センター)
- 願いと祈り、信仰する高野山|参りませう高野山へ(一般社団法人高野町観光協会)
- 金剛峯寺 - Wikipedia(Wikipedia)