法善寺(水掛不動さん)|どんな福が宿る場所か
寛永14年(1637)に現在の難波へ移り、千日念仏回向から「千日寺」と称され千日前の地名の由来になったと伝わる浄土宗寺院。参拝者が柄杓で水を掛ける水掛不動尊は全身が緑の苔に包まれ、商売繁盛や縁結びの信仰で知られる。石畳の法善寺横丁は織田作之助『夫婦善哉』の舞台として名高い。
時のながれ
- 寛永14年(1637) — 中誉専念法師により難波の現在地に法善寺が完成(前身の創建地は京都・宇治とも上本町とも諸説あり)
- 江戸前期〜 — 千日念仏回向から「千日寺」と呼ばれ、門前が「千日前」の地名の由来になったと伝わる。境内の露店が法善寺横丁のルーツ
- 昭和20年(1945) — 大阪大空襲で水掛不動明王を残して伽藍焼失。戦後、参拝者が不動尊に水を掛ける風習が始まり、全身が苔に覆われる姿に
- 平成14年(2002) — 隣接する中座解体工事中のガス爆発で横丁19店舗が焼失。約30万人の署名により幅2.7mの石畳の路地が守られ、2004年までに再建
備考
公式サイトで由緒確認済み: 寛永14年(1637)に中誉専念法師が難波の現在地に移転完成、千日念仏回向が「千日前」の地名由来。前身については諸説あり(公式=京都・宇治で琴雲法師が建立/Wikipedia等=慶長2年(1597)上本町創建説も併記)。水掛けの風習は「戦後、参拝の女性が供え水を掛けたのが始まり」と公式が明記(苔むした姿は戦後の習俗で、400年続くものではない点に注意)。1945年空襲で水掛不動を残し焼失(Wikipedia)。横丁は2002年9月の中座解体工事中ガス爆発で19店舗焼失→建築基準法の道幅規制に対し約30万人署名で幅2.7mの路地を保ち再建(大阪観光局頁で確認)。座標はWikipedia記載(34°40′4.3″N 135°30′9.5″E)を十進変換して採用。ご利益の語られ方は商売繁盛・縁結び・諸願成就など複数系統で、『夫婦善哉』ゆかりの縁結び系の語りが強いためcat=enとした。 / 品位注意: 効果保証表現は不可(「〜の信仰で知られる」止めを厳守)。水掛け発祥譚は寺の説明に基づく伝承として扱う。2002年横丁火災は近隣店舗の実被災事案のため、記事化の際は淡々と事実ベースで記述し、被災を娯楽的に演出しないこと。
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの福
- 難波八阪神社(除の福・約919m)
- 高津宮 献梅碑(学の福・約947m)
- 高津宮 相合坂・縁切坂(西坂)(縁の福・約960m)
- 生國魂神社(いくたまさん)(縁の福・約964m)
参考・出典
- 大阪千日前 水掛不動尊 法善寺(公式サイト)(浄土宗天龍山法善寺)
- 法善寺横丁の観光・グルメガイド|ミナミの情緒漂う石畳の路地(大阪観光局(OSAKA-INFO))
- 法善寺 - Wikipedia(Wikipedia)