勝尾寺(かつおうじ)|どんな福が宿る場所か
神亀4年(727)に善仲・善算兄弟が草庵を結び、宝亀6年(775)に開成皇子が弥勒寺として開創したと伝わる古刹。平安期に清和天皇の玉体安穏を祈った効験から「勝王寺」の号を賜り、畏れ多いとして「勝尾寺」と改めたと伝わる。源氏・足利氏・豊臣氏ら歴代武将の崇敬を集め、勝運と勝ちダルマの信仰で知られる。
時のながれ
- 神亀4年(727) — 善仲・善算の兄弟がこの地に草庵を結び修行したのが草創と伝わる
- 宝亀6年(775) — 開成皇子が大般若経600巻の書写を終え「弥勒寺」として開創
- 元慶4年(880) — 六代座主行巡が清和天皇の病気平癒を祈り効験、「勝王寺」の号を賜るも畏れ多いとして「勝尾寺」と改称と伝わる
- 文治4年(1188) — 一ノ谷合戦の兵火(1184)による焼失後、源頼朝の命で熊谷直実・梶原景時が再建。慶長8年(1603)には豊臣秀頼が山門を再建
備考
検証メモ: 創建(727草創/775開成皇子開創)と「勝王寺→勝尾寺」改称の逸話は西国三十三所札所会公式・Wikipediaで一致確認。源氏・足利氏・豊臣氏ら「各時代の覇者」の尊崇は札所会公式に明記。頼朝の命による熊谷直実・梶原景時の再建(1188)、豊臣秀頼の本堂(慶長年間)・山門(1603)再建はWikipediaで確認。寺公式サイトの歴史頁は令和版『勝尾寺縁起』の章立て(善仲善算入山〜弥勒寺から勝尾寺へ)で構成され由緒の枠組みは一致。改称年(元慶4年=880)は『勝尾寺縁起』に基づく伝承である点に留意。座標はWikipedia記載値。住所はWikipedia表記(粟生間谷2914-1)を採用、寺公式・札所会は「箕面市勝尾寺」表記。カテゴリは6分類に「勝運」が無いため、勝負運・事業成功に最も近い商売金運(kin)に分類(合格祈願用途もありgakuの側面もある)。寺は勝ちダルマを「願いを叶える道具ではなく、自分の弱い心に打ち勝つ自己誓約」と定義している。 / 品位注意: 「必勝」「勝てる」等の効果保証表現は不可(「勝運祈願の寺として知られる」まで)。勝ちダルマを開運グッズ的に描くと寺の公式な定義(自己誓約)と乖離するため注意。改称880年は縁起由来の伝承であり断定表記を避ける。
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近くの福
- 箕面大滝(水の福・約2.2km)
- 阿比太神社(あびたじんじゃ)(除の福・約5.5km)
- 呉服神社(くれはじんじゃ)(金の福・約7.9km)
- 服部天神宮(学の福・約11.5km)
参考・出典
- 西国二十三番札所 勝尾寺(公式サイト)(高野山真言宗 応頂山 勝尾寺)
- 第二十三番 勝尾寺(西国三十三所巡礼の旅)(西国三十三所札所会)
- 勝尾寺 | 箕面市観光協会 Touch Minoh(箕面市観光協会)
- 勝尾寺 - Wikipedia(Wikipedia)