厄除け・方位の福
石切さんは何の神様? お百度参りの由緒と参道の風景
石切さん(石切劔箭神社)が祀るのは、物部氏の祖神とされる饒速日尊と可美真手命の親子二柱です。腫れ物の「でんぼの神様」としても知られ、百度石と本殿のあいだを往復するお百度参りが続いています。回数は自分で決めた数でよいと公式サイトは案内しています。
目次(6項目)
石切さんが祀るのは、饒速日尊(にぎはやひのみこと)と可美真手命(うましまでのみこと)という親子の二柱です。物部氏の祖神とされ、社名の石切劔箭は、その御神威が固い岩をも切り裂き貫き通すほど偉大なさまを表したものだと神社公式サイトが説明しています。でんぼの神様という呼び名も、百度石と本殿を往復する人の姿も、この二柱への信仰の上に重なってきたものです。
一語で答えるなら、まず物部氏の祖神。腫れ物の神という有名な顔は、そのあとに来ます。
石切さんは何の神様か ── 饒速日尊と可美真手命
神社公式サイトの御由緒によると、創建の年代そのものは分かっていません。足利時代末の兵火で社殿が焼失し、記録が失われたためだと公式が明記しています。
その代わりに残るのが、社家に伝わる口伝をまとめた『遺書伝来記』(天文五年・1536年、藤原行春大人の編)です。神武天皇紀元二年に生駒山中の宮山へ饒速日尊を奉斎したことを起源とし、崇神天皇の御代になって下之社、いまの本社に可美真手命が祀られた、という筋が書かれています。
一方で、公の記録にも名前が出てきます。『日本三代実録』には貞観七年(865年)に神階が正六位から従五位へ昇ったことが記され、延長五年(927年)成立の『延喜式神名帳』には石切劔箭命神社二座と載ります。二座という書き方が、親子二柱を祀るかたちと重なります。少なくとも十世紀の初めには、朝廷が把握する神社としてこの地にありました。
饒速日尊は十種神宝を授かって生駒山に天降ったと伝わり、可美真手命は神武天皇に協力して大和の統一に加わったとされます。その子孫が物部氏です。呪術や軍事を司る一族として天皇に仕え、当時最先端だった鉄器の製造などを担って大和朝廷を支えた、と公式は書いています。石切劔箭神社が生駒山の西麓に鎮座しているのは、この天降りの伝承と地続きの場所ということになります。

でんぼの神様と呼ばれる理由
東大阪市の公式サイトは、この社を「石を切る鋭い剣や矢を意味し、腫れ物を治す神様として全国的にその名を知られている古い社」と紹介しています。大阪観光局の公式サイトも、石切さん、でんぼ(腫れ物)の神様として親しまれてきたと記しています。でんぼは、関西で腫れ物を指す言い方です。
岩をも切り裂くという社名の含意と、体にできた固いものを切ってほしいという願いが、どこかで結びついたと考えられます。ただし、その結びつきがいつ生まれたのかを説明する資料は見当たりません。
石切神社のお百度参りの作法
公式サイトのよくある質問では、お百度参りを「本殿前でお参りして入口に戻り再び本殿前でお参りすることを百回繰り返すこと」と定義しています。
公式が案内する御次第は、おおよそ次の順です。
- 鳥居で一礼し、手水舎で手を清める
- 授与所でお百度紐を受ける
- 御本殿に二礼二拍手一礼
- 御本殿の前と、鳥居付近にある百度石との間を往復する。一廻りごとに紐を一本折って数える
- 終えたら、もう一度二礼二拍手一礼
- お百度紐を奉納箱に納める
回数について、公式は「百回でなくとも、ご自分でお決めになられた回数で結構です」と書き、気候や体調にあわせて無理をしないようにと添えています。百という数字が先に立ちがちですが、そこは絶対の条件ではありません。なお年末年始や神事の斎行中には踏めない期間があるとも案内されているので、日取りを決める前に公式で確かめておくと確実です。

お百度紐は授与所で受けられます。ほかの授与品は種類も内容も変わることがあります。
お百度はどこから来たのか ── 百日詣から一日百度へ
公式サイトによると、お百度参りは鎌倉時代初期に成立した『吾妻鏡』にすでに記述があるとされます。もとは百日間続けて毎日参る百日詣で、急を要する願いに応えるかたちで、一日のうちに百度参る形へ変わっていったと説明されています。

公式サイトのよくある質問は、お百度参りを「何らかの御利益を期待して行うものとは少し異なります」と書いています。そして、一度のお参りでは神様に通じないかもしれない切なる願いを聞き届けていただくために二度三度と繰り返すもの、と続けます。
神社自身は、御利益や回数の話から半歩引いた位置に立っています。回数を積んで見返りを買う行為ではない、という線の引き方に、この社の姿勢が出ています。
参道と境内で目に入るもの
参道の風景も、この神社の一部です。東大阪観光協会の観光サイトによると、商店街は石切劔箭神社から東の生駒山に向かって参道沿いにのび、昭和レトロな雰囲気が漂う場所として知られます。占い屋が多いのも特徴だと同協会が記しています。近鉄奈良線の石切駅、けいはんな線の新石切駅、どちらからも歩いて向かえる距離です。
境内では、本殿・拝殿・幣殿が昭和六年の造営で、翌七年に御遷座が行われたと公式の境内案内にあります。2025年に国の登録有形文化財となったとも同ページに記されています。
ほかに、商売繁盛や五穀豊穣の信仰を集めるという五社明神社、水を司る二柱を祀る水神社、宝物館の穂積殿。生駒山側には、饒速日尊と可美真手命の荒御魂を祀る上之社があります。
本殿前のクスノキは樹齢およそ470年で、東大阪市の天然記念物に指定されていると市の公式サイトが記しています。お百度を踏む人が何度も通る道の、すぐ脇に立つ木です。

参考にした資料
- 石切劔箭神社 御由緒・御祭神 https://www.ishikiri.or.jp/yuisho/
- 石切劔箭神社 お百度参り https://www.ishikiri.or.jp/ohyakudo/
- 石切劔箭神社 よくある質問(お百度とは何ですか) https://www.ishikiri.or.jp/faq/detail/14/
- 石切劔箭神社 境内案内 https://www.ishikiri.or.jp/annai/
- 東大阪市 石切劔箭神社 https://www.city.higashiosaka.lg.jp/0000007190.html
- 大阪観光局 石切劔箭神社 https://osaka-info.jp/spot/ishikiriturugiyajinja/
- 東大阪観光協会 石切参道商店街 https://pikahiga.jp/enjoy/2651/
石切さんは何の神様か。物部氏の祖神を祀る古社であり、でんぼの神様と呼ばれてきた社であり、お百度の作法が今も生きている場所です。三つとも本当で、どれか一つでは足りません。
全国の神社・お寺などを地図で探せます。→ 福跡マップで見てみる
この記事の場所のそばにある福
- 石切劔箭神社 水神社(石切劔箭神社 から 約0m)
- 枚岡神社(河内国一之宮・元春日)(石切劔箭神社 から 約1.4km)
石切劔箭神社の周りには、東大阪市の福が3件あります。
東大阪市の福 3件をひらく →参考・出典
7件出典に基づいて掲載しています
- 御由緒・御祭神|石切劔箭神社(石切さん)
ishikiri.or.jp - お百度参り|石切劔箭神社(石切さん)
ishikiri.or.jp - よくあるご質問|石切劔箭神社(石切さん)
ishikiri.or.jp - 境内案内|石切劔箭神社(石切さん)
ishikiri.or.jp - 石切劔箭神社 | 東大阪市
city.higashiosaka.lg.jp - 石切劔箭神社(石切さん)|お百度参りと病気平癒のご利益|大阪観光案内
osaka-info.jp - 石切参道商店街 - ピカッと東大阪
pikahiga.jp
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- :本文の説明の文を5か所、削るか短く改めました。由緒・年代・出典・引用の内容は変えていません。
- :参考・出典から、トップページへ転送されるようになった御祭神のページのアドレスを外しました。御祭神と物部氏の説明は、参考・出典にある御由緒・御祭神のページで確かめられます。
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