現地レポ
多度大社へ行ってきました — 道路の上の鳥居をくぐった先で、御神馬には会えなかった日
9月5日の午後、四日市の自宅を出て国道を北へ。田んぼの向こうに多度山が見えてきたのは15時半ごろでした。
多度大社は、地元からいちばん近い大きな神社のひとつです。参道の手前で道路をまたぐ白い大鳥居は、子どものころから何度も車でくぐってきました。それなのに、鳥居の先へ入ったことは一度もありませんでした。今回はその宿題を片づけに行きました。

道路の上の鳥居と、200円の駐車場
鳥居をくぐって少し走ると、駐車場の案内係の方がいて、迷わず停められました。整理券をもらって200円。券には「多度大社前駐車場・百合賀神社駐車場・千手坂下駐車場」の3か所が印刷されていて、1日1回どこでも使える仕組みのようです。営業時間は決まっていないけれど、夕方ごろまでは開いているとのことでした。

石段の前で、由緒を読む
参道の入口には、石の鳥居と、その奥へ上る石段。両側を木立が覆っていて、本や雑誌に載るような一枚がそのまま目の前にあります。手前には「参拝記念 多度大社」の看板と座る場所が用意されていて、家族連れやカップルがここで写真を撮っていました。

石段の手前に立つ由緒板を、まず全部読みました。御祭神は天津彦根命(あまつひこねのみこと)で、天照大御神の御子神。創始は山中に残る祭祀遺構から神代にさかのぼるとされ、雄略天皇の御代に現在の地に社殿が造られたと書かれています。天平宝字7年(763)に満願禅師が神宮寺を建て、『続日本紀』『延喜式神名帳』にも名が見える。元亀2年(1571)に織田信長の兵火で社殿も宝物もすべて焼け、江戸時代に桑名藩主の本多忠勝らが復興し、以後は歴代桑名藩主の産土神になった。大正4年に國幣大社に昇格した、とあります。

由緒板の最後には御例祭のことが書かれています。多度祭の上げ馬神事は三重県の無形民俗文化財で、毎年5月4日と5日。このお祭りについては、後ろの「訪ねる前に」の節に書きます。
御神馬の錦山号には、会えませんでした
石段を上がって左手に、御神馬の厩舎があります。多度大社といえば白馬伝説で、ここには本物の白い馬がいます。奥の馬房に、白い馬体が見えました。
ただ、この日は手前に立札が出ていました。
本日の御神馬の御奉仕は終了いたしました
15時54分のことです。事前に公式サイトを見たときは「午後は13時から15時に社頭に出る」と理解していたので、ぎりぎり間に合うつもりで来たのですが、遅かったようです。
帰りに社務所で聞いてみると、答えはこうでした。馬が境内を散歩する時間は日によって違う。人が少ない時間帯に出ることが多く、平日なら朝9時ごろと16時ごろが多い。ただし馬の体調にもよる。
つまり「この時間に行けば会える」という決まった時刻はなく、狙って行くなら平日の朝いちばんか夕方が目安、ということになります。公式の案内と社務所で聞いた話が違うので、ここでは両方をそのまま書いておきます。

厩舎の掲示によると、錦山(きんざん)号はサラブレッドの雄、芦毛、平成28年4月24日生まれ、北海道浦河の産。先代の錦山号の甥にあたるそうです。撮影は禁止されていませんが、「撮影時は節度を持って。フラッシュ及び棒の使用禁止」「人参は絶対に手であげないでください」と柵に書かれています。人参は所定の箱に投げ入れる方式です。
厩舎のすぐそばに風鈴の棚があって、ベンチもあります。風が通るたびに鳴る音が良くて、少しここで座っていました。馬に会えなくても、ここは気持ちのいい場所です。

白馬伝説の板
参道の途中に「白馬伝説の由来」の板があります。多度山は昔から神のいる山と信じられ、人々は雨乞いや安産を祈ってきた。その願いを神に届ける使者が、1500年前から多度大社に棲むといわれる白馬だ、という内容です。馬の行動を神意の現れと見ることから、その年の豊作凶作を占う上げ馬神事が生まれた、とも書かれています。

参道には筆塚(昭和44年建立)や、芭蕉の句碑もあります。「宮人よ 我名を散らせ 落葉川」。芭蕉が参拝の折に詠んだ句で、没後75年の忌に地元の俳人たちが建てたと説明板にあります。句碑そのものは苔に覆われていて、文字は読めませんでした。

女性が必ず足を止めていた社
この日、境内でいちばん印象に残ったのはここです。
参道の途中に、朱塗りの玉垣で囲まれた小さな社があります。摂社の美御前社(うつくしごぜんのやしろ)。この日は一人で、あるいは二人連れで参拝に来ている女性が多く、その人たちが決まってこの社の前で足を止め、手を合わせていました。何だろうと思って説明板を読むと、こう書いてあります。
耳・口・鼻・喉の諸病や婦人の帯下の病の治癒に又、良縁・子授け・安産の祈願に御霊験灼で社前には穴のあいた石が奉献される。常に美しくありたいと願う女性の参拝も多い
御祭神は市杵島姫命。社の前には、説明板のとおり、中央に穴の開いた大きな苔むした石が据えられていました。公式サイトも「耳・鼻・口の病気や女性特有の病に御加護があるとの信仰があり、穴のあいた石をお供えして病気の快癒を願う参拝者が多い」という趣旨で紹介しています。ここに書いたのは神社側の説明と、私が見た光景です。効き目を確かめたわけではありません。


「お伊勢さんとお多度さんは親子の神様です」
参道を上がりながら、帰ったら調べようと思っていたことがありました。多度大社は「北伊勢大神宮」とも呼ばれ、伊勢神宮と何か関係があるらしい、という話です。
答えは境内にありました。末社の神明社の木札に、御祭神は天照大御神で、伊勢の皇大神宮(内宮)の御分霊であり、本宮に祀られている天津彦根命の御祖神でもある、と書かれています。その下に掲示がもう一枚。
ご存知ですか? お伊勢さんとお多度さんは 親子の神様です。両方の御神札をうけ家族の平穏を祈りましょう。
公式サイトの本宮のページでは、天津彦根命は天照大御神と須佐之男命の誓約の際に生まれた五柱の男神の一柱で、それゆえ当社は北伊勢大神宮と称される、と説明しています。「お伊勢参らば お多度もかけよ お多度かけねば 片参り」という江戸時代の言い回しも、公式の由緒に出てきます。三重に来るなら伊勢神宮と多度大社をひと続きで回る、という組み立ては、神社側の見方とも合っています。

本宮と、御扉のない別宮
石段を上りきった一番奥が本宮です。ここは山の中でした。社殿は檜皮葺きの簡素な造りで、背後にそのまま山の斜面が迫っています。すぐ横を川が流れていて、空気が違います。8月末に奈良の大神神社を訪ねたときも山に囲まれていましたが、ここはもっと山の懐に入り込んだ感じがしました。よくこんな場所に建てたものだと、まずそこに感心しました。
玉垣には木札が掛かっていて、令和7年10月8日の三重県行幸啓に際して天皇皇后両陛下から幣饌料を賜った、とあります。

本宮の隣が別宮の一目連神社(いちもくれんじんじゃ)。御祭神は天目一箇命(あめのまひとつのみこと)で、天津彦根命の御子神です。由緒板には、天の岩戸開きの神話で刀や斧、鉄鐸を造った神であり、鍛冶職や鉄鋼業の総祖神として崇敬されている、とあります。公式サイトによると、この社殿は古くから御扉を設けない特殊な構造だそうです。木札のそばには御神木の大杉が立っていました。

御手洗場
本宮から少し下ったところに御手洗場(みたらしば)があります。石畳の広場の先に浅い清流が流れていて、ここで手を清めてから本殿へ進んでください、という場所です。「川への入水・川遊びはご遠慮ください」の注意書きもありました。川床は白い小石で、対岸の斜面はシダと苔に覆われています。
順路としては、本当は参拝の前にここで手を清めるのが筋なのだと思います。私は本宮のあとに気づきました。

授与所で聞いたこと
社務所は、鳥居をくぐって石段を上がった右手奥の大きな建物です。中に入って左手が御朱印の受付でした。
- 御朱印の受付は9時から17時
- 直書きをしてもらえました
- 郵送はしていません。参拝した方のみ
御朱印には、神社の印と並んで「左馬」の印が押されています。添えてもらった紙によると、「うま」を逆から読むと「まう」、めでたい席の「舞い」を思わせるので福を招く駒とされ、「馬」の字の下の部分が財布のきんちゃくに似ていて、口がよく締まってお金が逃げないことから商売繁盛や金運上昇の印とされる、とのこと。馬にゆかりの深い多度大社だから、御朱印にも左馬を押しているのだそうです。


同じ紙に御朱印の種類が並んでいて、多度大社(書き置き)、一目連神社、美御前社、多度観音堂、稲荷神社、限定朱印の6種類。事前に公式サイトで見た情報には多度観音堂と稲荷神社が載っていなかったので、これは現地で分かったことです。
もう一つ、この日は聞きたいことがありました。写真をこのサイトに載せてよいか、御神馬を撮ってよいか、御朱印を背景だけ変えた画像にして紹介してよいか。前日に訪ねた別の神社では「掲載は承認してから」という答えだったので、どこでも聞くことにしています。多度大社の答えはすべて「問題ありません」でした。御神馬についてだけ、フラッシュは控えてほしいとのことでした。聞けば一言で済むことなので、これからも毎回聞きます。
御祈願の受付は毎日9時から16時30分、祈願料は5,000円からと、境内の掲示にありました。

社務所の中には「福龍茶釜」という大きな鉄の釜が据えられていました。由来の額によると昭和13年に桑名の人が霊夢を受けて奉献したもので、蓋は多度大社の宝物の鏡を型どっているそうです。
訪ねる前に
- 御神馬に会いたい場合: 出る時間は日によって違います。社務所で聞いた目安は平日の朝9時ごろと16時ごろ。馬の体調でも変わります。公式の案内と食い違うので、確実に会いたければ当日社務所に電話で聞くのが早いと思います。
- 駐車場: 整理券方式で200円。3か所共通で1日1回有効。
- 御朱印: 受付9時から17時。参拝した人のみで、郵送はありません。
- 雨上がり: 石段は濡れると滑ります。この日も前日までの雨で路面が濡れていました。
- 上げ馬神事について: 由緒板にある5月4日・5日の多度祭が上げ馬神事です。2023年5月の神事で馬が脚を骨折して殺処分されたことを受け、三重県教育委員会が同年8月17日に多度大社へ勧告を出し、2024年3月に多度大社と御厨会が改善策(坂の勾配の緩和、壁の撤去、鞭の素材と用途の限定、獣医師の待機など)を回答しています。県は協議を今後も続けるとしています。神事そのものの是非は、この記事では扱いません。事実は上の県のページで確認できます。


次の宿題
一つ撮り損ねました。鳥居の横にあるという「しるべ石(迷い子石)」です。桑名宗社の青銅鳥居のそばにある石と同じものが多度大社にもあると調べていたのに、境内を歩きながら忘れていました。桑名宗社は8月28日に訪ねているので、次に来るときは両方の石を見比べる記事にします。多度観音堂と稲荷神社の御朱印も、次回に回します。
道路の上の鳥居は、これからも何度もくぐります。その先に何があるかを知ってからくぐるのと、知らずにくぐるのでは、同じ道でも少し違って見えると思います。
境内の場所とデータは多度大社のページにまとめています。
あなたの町の福の気配を測ってみる。→ 福跡マップで見てみる
参考・出典
- tadotaisya.or.jp
- tadotaisya.or.jp
- tadotaisya.or.jp
- tadotaisya.or.jp
- tadotaisya.or.jp
- pref.mie.lg.jp
- pref.mie.lg.jp
- 多度大社境内の説明板(御由緒・白馬伝説の由来・美御前社・神明社・御手洗場・神馬舎の掲示)と社務所での聞き取り(2026-09-05 現地確認)