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現地レポ

三重・多度大社へ行ってきました|神馬、駐車場、神秘的な本宮

9月5日に三重県の多度大社を訪ね、道路をまたぐ大鳥居の先へ初めて入った記録です。御神馬には会えず、社務所で伺った出る時間の目安は平日の朝9時ごろと16時ごろでした。美御前社や「お伊勢さんとお多度さんは親子」の掲示、左馬の御朱印も書いています。

2026-09-05 | 執筆・編集:福跡マップ編集部
目次(11項目)

9月5日の午後、国道を北へ。田んぼの向こうに多度山が見えてきたのは15時半ごろでした。

多度大社の参道の手前で道路をまたぐ白い大鳥居は、これまで何度も車でくぐってきました。それなのに、鳥居の先へ入ったことは一度もありませんでした。今回はその宿題を片づけに行きました。

田んぼの向こうに多度山。白い大鳥居が小さく見える
田んぼの向こうに多度山。白い大鳥居が小さく見える

道路の上の鳥居と、200円の駐車場

道路をまたぐ白い大鳥居。車で向かう途中、フロントガラス越しに
道路をまたぐ白い大鳥居。車で向かう途中、フロントガラス越しに

鳥居をくぐって少し走ると、駐車場の案内係の方がいて、迷わず停められました。整理券をもらって200円。券には「多度大社前駐車場・百合賀神社駐車場・千手坂下駐車場」の3か所が印刷されていて、1日1回どこでも使える仕組みのようです。

営業時間は決まっていないけれど、夕方ごろまでは開いているとのことでした。

駐車整理券。3か所の駐車場に共通で1日1回有効
駐車整理券。3か所の駐車場に共通で1日1回有効
「多度町観光案内図」の看板。多度大社と周辺の地図
「多度町観光案内図」の看板。多度大社と周辺の地図

石段の前で、由緒を読む

参道の入口。石鳥居と、木立に覆われた石段
参道の入口。石鳥居と、木立に覆われた石段

本や雑誌に載るような一枚がそのまま目の前にあります。手前には「参拝記念 多度大社」の看板と座る場所が用意されていて、家族連れやカップルがここで写真を撮っていました。

石段の下に置かれた「参拝記念 多度大社」の看板と、腰掛け
石段の下に置かれた「参拝記念 多度大社」の看板と、腰掛け

石段の手前に立つ由緒板を、まず全部読みました。御祭神は天津彦根命(あまつひこねのみこと)で、天照大御神の御子神。創始は山中に残る祭祀遺構から神代にさかのぼるとされ、雄略天皇の御代に現在の地に社殿が造られたと書かれています。天平宝字7年(763)に満願禅師が神宮寺を建て、『続日本紀』『延喜式神名帳』にも名が見える。

元亀2年(1571)に織田信長の兵火で社殿も宝物もすべて焼け、江戸時代に桑名藩主の本多忠勝らが復興し、以後は歴代桑名藩主の産土神になった。大正4年に國幣大社に昇格した、とあります。

石段の手前に立つ「多度大社 御由緒」の掲示板
石段の手前に立つ「多度大社 御由緒」の掲示板
由緒板の横から、石段を見上げる
由緒板の横から、石段を見上げる

由緒板の最後には御例祭のことが書かれています。多度祭の上げ馬神事は三重県の無形民俗文化財で、毎年5月4日と5日。

御神馬の錦山号には、会えませんでした

石段を上がって左手に、御神馬の厩舎があります。多度大社といえば白馬伝説で、ここには本物の白い馬がいます。

ただ、この日は手前に立札が出ていました。

本日の御神馬の御奉仕は終了いたしました

16時少し前のことです。事前に公式サイトを見たときは「午後は13時から15時に社頭に出る」と理解していたので、ぎりぎり間に合うつもりで来たのですが、遅かったようです。

帰りに社務所で聞いてみると、答えはこうでした。馬が境内を散歩する時間は日によって違う。人が少ない時間帯に出ることが多く、平日なら朝9時ごろと16時ごろが多い。ただし馬の体調にもよる。

公式の案内(午前10時〜正午と、午後1時〜3時)と、社務所で聞いた話は食い違っています。

錦山号の厩舎。奥に白い馬体が見え、手前に「本日の御奉仕は終了」の立札
錦山号の厩舎。奥に白い馬体が見え、手前に「本日の御奉仕は終了」の立札

厩舎の掲示によると、錦山(きんざん)号はサラブレッドの雄、芦毛、平成28年4月24日生まれ、北海道浦河の産。先代の錦山号の甥にあたるそうです。撮影は禁止されていませんが、「撮影時は節度を持って。フラッシュ及び棒の使用禁止」「人参は絶対に手であげないでください」と柵に書かれています。人参は所定の箱に投げ入れる方式です。

神馬会の授与品。「お代金は御神馬前のさい銭箱にお入れ下さい」の貼り紙
神馬会の授与品。「お代金は御神馬前のさい銭箱にお入れ下さい」の貼り紙

厩舎のすぐそばに風鈴の棚があって、ベンチもあります。風が通るたびに鳴る音が良くて、少しここで座っていました。

厩舎のそばの風鈴の棚。ベンチで一休みできる
厩舎のそばの風鈴の棚。ベンチで一休みできる

白馬伝説の板

参道の途中に「白馬伝説の由来」の板があります。多度山は昔から神のいる山と信じられ、人々は雨乞いや安産を祈ってきた。その願いを神に届ける使者が、1500年前から多度大社に棲むといわれる白馬だ、という内容です。馬の行動を神意の現れと見ることから、その年の豊作凶作を占う上げ馬神事が生まれた、とも書かれています。

「白馬伝説の由来」の説明板
「白馬伝説の由来」の説明板
参道脇の「さざれ石」の標柱と、苔むした岩
参道脇の「さざれ石」の標柱と、苔むした岩
「筆塚」の説明板。奥に筆塚の石碑
「筆塚」の説明板。奥に筆塚の石碑

参道には筆塚(昭和44年建立)や、芭蕉の句碑もあります。「宮人よ 我名を散らせ 落葉川」。芭蕉が参拝の折に詠んだ句で、没後75年の忌に地元の俳人たちが建てたと説明板にあります。句碑そのものは苔に覆われていて、文字は読めませんでした。

芭蕉句碑の説明板。奥の三角形の石が句碑
芭蕉句碑の説明板。奥の三角形の石が句碑
神馬舎。扁額は「神馬」。格子の奥に白馬の像が納められている
神馬舎。扁額は「神馬」。格子の奥に白馬の像が納められている

女性が必ず足を止めていた社

この日、境内でいちばん印象に残ったのはここです。

参道の途中に、朱塗りの玉垣で囲まれた小さな社があります。摂社の美御前社(うつくしごぜんのやしろ)。この日は一人で、あるいは二人連れで参拝に来ている女性が多く、その人たちが決まってこの社の前で足を止め、手を合わせていました。何だろうと思って説明板を読むと、こう書いてあります。

耳・口・鼻・喉の諸病や婦人の帯下の病の治癒に又、良縁・子授け・安産の祈願に御霊験灼で社前には穴のあいた石が奉献される。常に美しくありたいと願う女性の参拝も多い

御祭神は市杵島姫命。公式サイトも「耳・鼻・口の病気や女性特有の病に御加護があるとの信仰があり、穴のあいた石をお供えして病気の快癒を願う参拝者が多い」という趣旨で紹介しています。

美御前社の説明板。朱塗りの玉垣の前に立つ
美御前社の説明板。朱塗りの玉垣の前に立つ
社前に据えられた、穴の開いた大きな石
社前に据えられた、穴の開いた大きな石

「お伊勢さんとお多度さんは親子の神様です」

参道を上がりながら、帰ったら調べようと思っていたことがありました。多度大社は「北伊勢大神宮」とも呼ばれ、伊勢神宮と何か関係があるらしい、という話です。

答えは境内にありました。末社の神明社の木札に、御祭神は天照大御神で、伊勢の皇大神宮(内宮)の御分霊であり、本宮に祀られている天津彦根命の御祖神でもある、と書かれています。その下に掲示がもう一枚。

ご存知ですか? お伊勢さんとお多度さんは 親子の神様です。両方の御神札をうけ家族の平穏を祈りましょう。

公式サイトの本宮のページでは、天津彦根命は天照大御神と須佐之男命の誓約の際に生まれた五柱の男神の一柱で、それゆえ当社は北伊勢大神宮と称される、と説明しています。「お伊勢参らば お多度もかけよ お多度かけねば 片参り」という江戸時代の言い回しも、公式の由緒に出てきます。

末社 神明社の木札と、「親子の神様」の掲示
末社 神明社の木札と、「親子の神様」の掲示

本宮と、御扉のない別宮

石段を上りきった一番奥が本宮です。ここは山の中でした。すぐ横を川が流れていて、空気が違います。7月末に奈良の大神神社を訪ねたときも山に囲まれていましたが、ここはもっと山の懐に入り込んだ感じがしました。よくこんな場所に建てたものだと、まずそこに感心しました。

玉垣には木札が掛かっていて、令和7年(2025年)10月8日の三重県行幸啓に際して天皇皇后両陛下から幣饌料を賜った、とあります。

本宮 多度神社。山の斜面を背にした檜皮葺きの社殿
本宮 多度神社。山の斜面を背にした檜皮葺きの社殿

本宮の隣が別宮の一目連神社(いちもくれんじんじゃ)。御祭神は天目一箇命(あめのまひとつのみこと)で、天津彦根命の御子神です。

由緒板には、天の岩戸開きの神話で刀や斧、鉄鐸を造った神であり、鍛冶職や鉄鋼業の総祖神として崇敬されている、とあります。公式サイトによると、この社殿は古くから御扉を設けない特殊な構造だそうです。

別宮 一目連神社。木札と、そばの大杉
別宮 一目連神社。木札と、そばの大杉

御手洗場

本宮から少し下ったところに御手洗場(みたらしば)があります。石畳の広場の先に浅い清流が流れていて、ここで手を清めてから本殿へ進んでください、という場所です。「川への入水・川遊びはご遠慮ください」の注意書きもありました。

順路としては、本当は参拝の前にここで手を清めるのが筋なのだと思います。私は本宮のあとに気づきました。

御手洗場。石畳の先を浅い清流が流れる
御手洗場。石畳の先を浅い清流が流れる
御手洗場の流れ。浅い川床に白い小石
御手洗場の流れ。浅い川床に白い小石
御手洗場の説明板。清め方と、川への入水を控える注意
御手洗場の説明板。清め方と、川への入水を控える注意

授与所で聞いたこと

社務所は、鳥居をくぐって石段を上がった右手奥の大きな建物です。中に入って左手が御朱印の受付でした。

御朱印には、神社の印と並んで「左馬」の印が押されています。

添えてもらった紙によると、「うま」を逆から読むと「まう」、めでたい席の「舞い」を思わせるので福を招く駒とされ、「馬」の字の下の部分が財布のきんちゃくに似ていて、口がよく締まってお金が逃げないことから商売繁盛や金運上昇の印とされる、とのこと。

馬にゆかりの深い多度大社だから、御朱印にも左馬を押しているのだそうです。

この日いただいた御朱印。神社の印と左馬の印
この日いただいた御朱印。神社の印と左馬の印
御朱印に添えられた「左馬」の説明紙。御朱印の種類の一覧もある
御朱印に添えられた「左馬」の説明紙。御朱印の種類の一覧もある

同じ紙に御朱印の種類が並んでいて、多度大社(書き置き)、一目連神社、美御前社、多度観音堂、稲荷神社、限定朱印の6種類。事前に公式サイトで見た情報には、多度観音堂と稲荷神社は載っていませんでした。

御祈願の受付は毎日9時から16時30分、祈願料は5,000円からと、境内の掲示にありました。

御祈願の案内の掲示。厄除の年齢表と受付時間
御祈願の案内の掲示。厄除の年齢表と受付時間
神楽殿
神楽殿
「神馬詣い巡り」のポスター。神馬のいる全国7社が並ぶ
「神馬詣い巡り」のポスター。神馬のいる全国7社が並ぶ

社務所の中には「福龍茶釜」という大きな鉄の釜が据えられていました。由来の額によると昭和13年に桑名の人が霊夢を受けて奉献したもので、蓋は多度大社の宝物の鏡を型どっているそうです。

社務所の中の福龍茶釜。朱色の台の上に据えられている
社務所の中の福龍茶釜。朱色の台の上に据えられている

訪ねる時のポイント

境内の広場。風鈴の棚と御神馬の幟
境内の広場。風鈴の棚と御神馬の幟
境内の広場の一角。奥に絵馬掛け
境内の広場の一角。奥に絵馬掛け
「しあわせ祈願」の顔ハメ看板。白馬のキャラクターが二体
「しあわせ祈願」の顔ハメ看板。白馬のキャラクターが二体

次の宿題

一つ撮り損ねました。鳥居の横にあるという「しるべ石(迷い子石)」です。桑名宗社の青銅鳥居のそばにある石と同じものが多度大社にもあると調べていたのに、境内を歩きながら忘れていました。桑名宗社は8月28日に訪ねているので、次に来るときは両方の石を見比べます。多度観音堂と稲荷神社の御朱印も、そのときにいただくつもりです。

道路の上の鳥居は、これからも何度もくぐります。その先に何があるかを知ってからくぐるのと、知らずにくぐるのでは、同じ道でも少し違って見えると思います。

境内の場所とデータは多度大社のページにまとめています。


全国の神社・お寺などを地図で探せます。→ 福跡マップで見てみる

多度大社の周りには、桑名市の福が2件あります。

桑名市の福 2件をひらく →

参考・出典

9件出典に基づいて掲載しています

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