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住吉大社の五大力さん ── 五所御前の石の探し方と返し方

2026-08-27 | 執筆・編集:福跡マップ編集部

住吉大社の第一本宮の南に、玉垣で囲まれた小さな一角があります。五所御前(ごしょごぜん)。ここに散らばる小石のなかから「五」「大」「力」の三文字を探し出し、御守にするというならわしが伝わる場所です。

探し方はそれだけ。むしろ住吉大社の公式サイトがはっきり書いているのは、返し方のほうでした。お願い事が叶いましたら石を倍にしてお返しください、と明記されています。

五所御前の玉垣の前に人だかりができているのを見かけて、何をしている場所なのか分からないまま通り過ぎた。そういう方に向けて、資料で確認できた範囲だけを整理します。

五所御前は住吉大社がはじまった場所と伝わる

住吉大社の公式サイト「住吉っさんの見所」は、五所御前を「約1800年前に住吉大神鎮座の際、最初にお祀りされた場所と伝えられる神聖な場所」と説明しています。境内の見どころのひとつ、という扱いではありません。社のはじまりの地として位置づけられています。

鎮座は、公式の由緒によれば神功皇后摂政11年(西暦211年)。底筒男命・中筒男命・表筒男命の住吉三神と、鎮斎した神功皇后を祀り、延喜式名神大社・摂津国一之宮・旧官幣大社という社格を重ねてきました。全国約2300社余の住吉神社の総本社にあたります。

観光庁の地域観光資源の多言語解説文データベースに収められた解説文(作成は住吉大社地域協議会)は、この場所を、住吉三神が大木から降りてきて神功皇后の前に姿を現した地と記します。玉垣の内に杉が育っているのは、その伝承と結びついたものとされます。五所御前が高天原(たかまがはら)とも呼ばれる理由も、そこにあると説明されています。

ちなみに現在の本殿は、大阪市の解説によると文化7年(1810年)の建立で、市内唯一の国宝建造物。四棟が海へ向かって並ぶ住吉造です。その第一本宮のすぐ南が、五所御前ということになります。

「五」「大」「力」の三文字をそろえる

石に書かれているのは、五・大・力の三文字。三つそろえて御守にすると、体力・智力・財力・福力・寿力の五つの力を授かるといわれている、というのが公式サイトの記述です。

観光庁のデータベースでは、この五つが「健康、知恵、富、幸福、長寿」と言い換えられています。財力と福力が富と幸福に対応する形で、順序も内容もおおむね重なります。

石を納める御守袋は授与所で受けられ、住吉大社のお知らせによれば現在は10色が用意されているとのこと。

調べていて意外だったのは、「五大力」という言葉そのものの由来を、公式サイトが説明していないことでした。仏教の五大力菩薩や五大明王と結びつける解説を各所で見かけますが、住吉大社自身が示しているのは五つの力の中身までで、語の出どころには踏み込んでいません。諸説あるものとして受け取っておくのが正確だと思います。

返し方 ── 倍にしてお返しくださいの意味

五所御前の信仰でいちばん特徴的なのは、ここだと感じました。

公式サイトの見所ページは「お願い事が叶いましたら石を倍にしてお返しください」と書きます。お知らせのページはもう少し具体的で、「お願い事が叶いましたら、感謝の小石とともにお持ちの石守りを五所御前にお返しください」。

つまり、借りた三つを返して終わりではありません。感謝のぶんの石を自分で用意して、あわせて納める。三つ受けて六つ返す形になります。

観光庁のデータベースの解説はさらに踏み込み、返す石は自分の近所で集めた三つの石に文字を書いて用意するものだと記しています。新しく五・大・力と書かれた石が加わり、次に訪れた人が拾えるようになる。石の数だけ信仰が巡っていく仕組みです。ただしこれは住吉大社の公式サイト自体には見当たらない記述なので、作法として厳密に確定しているとまでは言えません。

石守りを借りっぱなしにしない。この一点が、五所御前を単なる縁起物の授与所と分けています。

住吉大社には、石にまつわる信仰がもうふたつある

五所御前だけで帰ってしまうのは、少しもったいない。公式の見所ページには、石にまつわる場所があと二か所挙げられています。

ひとつは大歳社境内のおもかる石。願い事が叶うか否かを占う霊石とされ、まず持ち上げて重さを覚え、次に手を添えて願掛けをしてから、もう一度持ち上げます。二回目のほうが軽く感じればその願いは叶う、という占い方が公式に示されています。土日や初辰まいりの日には行列ができるほどだそう。

もうひとつが誕生石。薩摩藩島津氏の始祖・島津忠久が生まれた場所と伝えられ、ここの小石を安産の御守とする信仰が今も続いていると公式は記します。

大歳社は、月々の初辰の日に四社をめぐる初辰まいりの四番目にあたる社。一番目の種貸社、二番目の楠珺社から順にたどれば、五所御前・おもかる石・誕生石の三か所が、自然と道筋のなかに入ってきます。

玉垣の内が聖域であることは変わらない

最後に、書いておきたいことがあります。

五所御前は、住吉大社が社のはじまりの地と伝える場所。小石を拾う行為が許されているのは、そこに長く続いた信仰の作法があるからで、境内のどこでも石を持ち帰ってよいという話ではありません。玉垣の内は、いまも聖域として扱われています。

そして石守りは、効き目を約束する道具ではありません。公式サイトが記しているのは「〜という信仰があります」という形の伝承で、五つの力の内訳も、返納のならわしも、その枠のなかにあります。三文字がそろわない日もあります。それでいい、というのが、倍にして返すという作法の含意なのだろうと思います。

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参考・出典

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