現地レポ
椿大神社へ行ってきました — みちびきの神様の総本宮と、途中で引き返した奥宮への道
椿大神社(三重県鈴鹿市)は猿田彦大神を祀る全国二千余社の本宮で、参道に御陵、境内に三つの龍神社と松下幸之助の茶室があります。御朱印は書き置き300円で4種類、授与所は16時30分まで。山頂の奥宮は片道約2時間の登山で、二本松コースを1時間登って引き返しました。
三重県鈴鹿市の椿大神社(つばきおおかみやしろ)へ、二度行ってきました。9月の初めに一度、10月の初めにもう一度です。
実は、初めてではありません。10代のころに初詣で来たことがあります。もう20年以上前です。甘酒をもらったことと、祭りのような賑わいだったことだけ、なんとなく覚えています。境内の細かいところは、ほとんど忘れていました。
一度目は取材のつもりで、平日の午後に一人で行きました。前日から雨が続いていて、着いたときも小雨でした。二度目は、山頂の奥宮を目指して行きました。その話は後半に書きます。
第1駐車場から鳥居まで
駐車場は複数あります。公式サイトによれば無料で約500台。私は第1駐車場に停めました。そこから鳥居までは歩いて300メートルくらいでしょうか。道の先に山が見えていて、雨上がりの空気もあって、歩いているだけで気持ちが落ち着いてきます。

入口の社号標には「伊勢國一の宮 椿大神社」とあります。
平日の昼過ぎということもあってか、参拝者はまばらでした。大阪の神社と違うなと思ったのは、海外からの観光客をほとんど見かけなかったことです。
猿田彦大神の総本宮

参道の途中に由緒板があります。主祭神は猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)。相殿に瓊々杵尊(ににぎのみこと)と栲幡千々姫命(たくはたちぢひめのみこと)、前座に行満大明神。
由緒板によれば、猿田彦大神は瓊々杵尊が地上に降臨するとき、天の八衢(あめのやちまた)——分岐点——まで迎えに出て、九州へ先導した神様です。そのことから「みちびきの祖神」と崇められてきました。創建は垂仁天皇27年秋8月、紀元前3年に倭姫命(やまとひめのみこと)の御神託によって、とあります。
公式サイトは、この社を「猿田彦大神を祀る全国二千余社の本宮」と書いています。総本宮です。

近くには黒い石の由来碑もありました。「神女相傳 山本神主記」と結ばれていて、末尾に縁日が刻まれています。一日、十一日、廿一日。

参道には、二柱の神を描いた大きな看板も立っています。左が芸能の祖神・天之鈿女命(あめのうずめのみこと)、右がみちびきの神・猿田彦大神。「伊勢国一の宮 猿田彦大本宮」の文字の横に、その年の干支の絵が添えられていました。
由緒の冊子には、猿田彦大神の別名がずらりと並んでいました。興玉の神、道祖の神、船玉の神、大行事権現、衢の神、土公神、佐田彦大神、白髭大明神、椿大明神。一柱の神様にこれだけの名前があるのは、それだけ多くの土地で、それぞれの呼び方で祀られてきたということなのでしょう。
参道の杉

参道は砂利で、両側に杉が立っています。太いです。見上げると首が痛くなります。
雨のあとで、木の匂いが濃かったです。山が近いせいなのか、空気がひんやりしていて、歩いていると息がしやすくなる感じがしました。初詣のときは人の多さしか記憶にないので、この参道を静かに歩いたのは初めてです。

参道の脇には御神木があって、その周りに「交通安全祈願」の赤い幟が何本も立っていました。みちびきの神様ですから、車のお祓いに来る人が多いのだと思います。公式サイトによれば、御祈祷は予約なしで受けられ、車輌清祓もあります。

本殿の手前の杉に「参拝順路」の矢印が掛かっています。本殿にお参りしたあと、この矢印のとおりに進むと、椿岸神社、かなえ滝、招福の玉と順に回れる仕組みです。
参道の途中に、御陵がある

参道を歩いていくと、右手に「高山土公神陵」という石標が立っています。奥に土の盛り上がりが見えます。
これが猿田彦大神の御陵とされる場所です。説明板にはこうありました。
高山土公神陵(たかやまどこうしんりょう)
周囲 約三百メートル
幅 約五十メートル
高さ 約二十メートル
太古の古墳と伝えられる椿大明神・猿田彦大神の神陵(みささぎ)

ここで一つ、気になったことがあります。
公式サイトの境内案内には「参道の中ほどにたたずむ前方後円墳は、猿田彦大神の御陵です」と書かれています。前方後円墳です。ところが現地の説明板は「太古の古墳と伝えられる」とだけ書いていて、形については触れていません。
実際に前に立ってみると、私の目には円い塚に見えました。前方後円墳の、あの鍵穴の形は分かりませんでした。もっとも、木が茂っていて全体を見渡せるわけではないので、見た目だけで判断できることではありません。
同じ神社の、公式サイトと現地の説明板で書き方が違います。由緒の冊子は、公式サイトと同じく「前方後円墳」と書いていました。どちらが正しいのかは、私には分かりません。ここではそのまま並べておきます。
説明板にはもう一つ、こんな一節もありました。
地球国土の神(国つ神)として守護する猿田彦大神は地上の人等の平和と幸福を招く働きをされます。
「地球玉の猿田彦大神」という見出しが付いています。地球、という言葉が神社の説明板に出てくるのは、あまり見たことがありません。

その「地球玉」そのものは、説明板の隣に置かれた大きな石の球でした。台座の前に賽銭箱があり、奉納の一升瓶も並んでいます。
御舟石と、さざれ石

大きな岩に黒い石板をはめ込んだ「御舟石坐御由緒」の碑がありました。公式サイトが「御船磐座」と呼んでいる場所です。謡曲「鈿女(うずめ)」にうたわれた神跡で、瓊々杵尊一行の御船がここに着いたと伝えられている、と公式サイトにあります。
碑文によれば、中央の三つの石を古くから「天降石」と呼び、中央奥が猿田彦大神、左が瓊々杵尊、右が栲幡千々姫命の座とされています。内務省神社局の考証課長が調査考証した、とも刻まれていました。

その近くにさざれ石も置かれていました。碑によれば岐阜県揖斐郡春日村(現在の揖斐川町)の産で、「君が代」に詠まれたさざれ石として、平成6年10月に奉納されたものだそうです。
三つの龍神社

参道の入口近くに、小さな社があります。庚龍神社(かのえりゅうじんじゃ)。

説明板にはこうありました。
庚龍神社(かのえりゅうじんじゃ)
御祭神 金龍龍神・白龍龍神・黒龍龍神
この龍神社は、樹齢四百年と伝えられる樅の木に龍神が宿り神域全般を守り給ったとの伝承がある。
昭和五十五年(庚申)五月、名古屋第八支部・黒金椿会元支部長、宮崎清三郎翁により御社殿が奉献鎮座され、其の年の干支に因んで庚龍神と命名されました。以来、永き風雨雪により老朽したところ、此の度濃飛支部・藤原椿会の長江鈴夫・伸朗親子により新社殿が奉献され遷座いたしました。
平成十六年(甲申)三月
樅の木に龍神が宿った、という伝承。社殿は昭和55年、庚申の年に建てられ、干支から名前が付きました。それから四半世紀たって、平成16年、今度は甲申の年に建て替えられました。どちらも申の年です。
境内には、龍神を祀る社があと二つあります。

一つは龍蛇神両地神社(りゅうじゃじんりょうちじんじゃ)。説明板によれば、龍蛇神は大国主大神の御使神で、出雲に由緒があります。十月の「神在月」に吹く強風で、神々の先導役として稲佐の浜に漂着するセグロウミヘビのことで、その姿が龍に似ていることから龍蛇神として信仰されてきた、とあります。水に住む龍の信仰から火難除け・水難除け、地に住む蛇の信仰から土地の災難除けの守護神と仰がれる、とも。出雲の神在月の話が、鈴鹿の山裾の社に書かれているのが意外でした。

もう一つは椿立雲龍神社(つばきたちくもりゅうじんじゃ)。説明板には、高座結御子神社の由縁をもち、「高座の井戸のぞき」に因む龍神で、子育ての神・虫封じの神・腫れ物除去の神として崇められている、とありました。
御朱印の「三社龍神」は、この三つ——庚龍・龍蛇・立雲龍——の印です。
椿岸神社と、かなえ滝、招福の玉
参拝順路の矢印に従って、まず別宮の椿岸神社へ。猿田彦大神の妻神である天之鈿女命(あめのうずめのみこと)を祀る社です。公式サイトは「芸道の祖神、鎮魂の神、夫婦円満、縁結びの神」として崇敬されている、と書いています。矢印には「天之鈿女命 本宮」とあって、こちらが鈿女本宮と呼ばれていることが分かります。

椿岸神社のそばに、かなえ滝があります。雨のあとだったので水が多く、音が大きかったです。滝の脇には「マムシちゅうい」の札が立っていました。

滝の先に「招福の玉」という桃色の石の玉があります。説明板には、この玉を三回撫でながら「祓へ給へ、清め給へ、六根清浄」と三度唱えてお祈りください、と書かれています。縁結び、夫婦円満、招福みちびきの玉だそうです。

近くには「夫婦輪石(めおとわいし)」もあります。石の輪で、両手で撫でながら同じ言葉を三度唱える、と札にあります。夫婦の幸せを守る明るい家づくりの輪、だそうです。
松下幸之助が建てた茶室

境内には鈴松庵(れいしょうあん)という茶室があります。門に「開庵中」の札が下がっていました。
公式サイトによれば、松下幸之助が茶道の発展を祈念して、庭園とともに寄進したものです。呈茶が受けられます(公式サイトによれば9時から16時、一服1,000円)。パンフレットによれば、鈴鹿の「鈴」と松下の「松」で鈴松庵。昭和50年の完成です。この日は時間の都合で入れませんでした。

鈴松庵の東側の斜面には「松下幸之助社」があります。説明板によれば、松下翁は昭和41年から幾度も参拝を重ね、同年に始まった「昭和の大造営」に巨額の造営資金を寄付し、鈴松庵も寄進した。その崇敬を顕彰するため、帰霊10年目にあたる平成10年4月27日に、御影石造りの御神殿を設けて末社「松下社」として御霊代を奉安した、とあります。
経営者を神として祀る社が、猿田彦大神の総本宮の境内にあります。説明板には「国家繁栄、業績向上、立身出世、妙案着想の御神徳を発揚される」と書かれていました。
大黒天と恵比須神、鉄砲柱

石像の大黒天と恵比須神も祀られていました。公式サイトによれば、行満堂神霊殿には鈴鹿七福神の一つである寿老神も祀られているそうです。

相撲の鉄砲柱もあります。掲示によれば、千葉県松戸市の佐渡ケ嶽部屋から奉納されたもので、参拝の子どもたちがこの柱を突いて「氣魄(きはく)」と「氣概(きがい)」を身に体してもらえれば、という思いで設けられたと、平成21年6月の宮司の名で書かれていました。節分祭の追儺役を力士が務めた写真も貼られています。
社名の由来は、一夜で咲いた千本の椿

本殿の裏手、愛宕社へ上がる石段の脇に「椿の杜」の案内板があります。社名の由来が書かれていました。道別(ちわき)の神と伝えられるとともに、仁徳天皇の御代に、御霊夢により一夜にして千本の椿が満開に咲き誇ったことから「椿」の社名になったと言われている、と。平成5年から5年かけて、氏子や講社員が椿の苗木を献木して造成した杜だそうです。

その石段を上ると愛宕社です。パンフレットによれば、古来より火伏せの神として祀られ、天正年間の兵乱で廃墟となり、昭和60年に再興鎮座したとあります。ここが、北尾根コースから入道ヶ嶽へ向かう登山口にもなっています。
東海自然歩道と、山本町

椿会館の前で、意外な看板を見つけました。東海自然歩道の案内板です。東京の「明治の森高尾国定公園」から大阪の「明治の森箕面国定公園」まで、1,376キロを結ぶ道だそうで、椿大神社はその途中の拠点になっています。大阪まで、歩いて行ける道の上に立っていたわけです。

隣には「ようこそ山本町へ」の案内板。山本城址(1584年に秀吉軍により落城)、信長の曽孫で山本に永住した織田有信の墓、氾濫を繰り返して集落の移転を強いた鍋川、特産のかぶせ茶。神社の門前の町にも、こんなに歴史があるのかと思いました。これは痕跡マップの側で、いつか調べてみたい話です。
奥宮を目指して、二本松コースへ
ここからが、二度目に来た本当の目的です。

公式サイトの境内案内に、こんな一節があります。
入道ヶ嶽奥宮 標高906.1m、高山入道ヶ嶽の山頂には奥の宮が鎮座します。一帯には、太古の祭祀跡である磐座が点在しています。
境内の案内図には「奥宮まで片道2時間。万全を期してご登拝ください。」と貼り紙があり、パンフレットの見取り図にも「片道約2時間 登山装備にて登拝して下さい」とありました。一度目に社務所で伺ったときは、片道2時間半、往復で5時間はかかる、とのことでした。

登山道へ向かう道には、鈴鹿市と消防本部の掲示がありました。毎年、遭難や滑落事故が起きていること、登る前に確かめる6つのこと——行き先を誰かに伝えたか、天気予報、装備、計画の余裕、携帯電話の電池、体調。

本殿を左に見て社務所の奥へ進むと、登山道に入れます。登山口の道標には、二本松尾根コースと井戸谷コースの二つが書かれていました。これに愛宕社から入る北尾根コースを加えて、コースは三つ。絵地図を見ると、二本松と井戸谷は山頂付近で合流するようです。

登山口のそばに砂利の大きな駐車場があり、たくさんの車が停まっていました。県外のナンバーも多かったです。ここが第3駐車場で、登山ならここに停めるのが近道です。

二本松コースの登山口に、黄色い看板が立っていました。「熊 出没注意!!」。鈴鹿市商業観光政策課の名で、入道ヶ岳・野登山周辺に熊の出没情報が寄せられているので、熊よけの鈴やラジオを、とあります。目撃の表もあって、新しいものでは令和6年11月に二本松尾根コースの下のほうの沢沿いで、100センチほどの熊らしき生物が1頭。すれ違う登山客の方は、みなさん鈴を付けていました。

12時25分、登り始めました。はじめは杉林の中の細い道。やがて沢沿いになり、濡れた岩と倒木が続きます。木の根が張り出した場所もあって、足元を見ながらでないと進めません。思った以上に、登山道でした。

途中で、引き返しました

登り始めて1時間ほどで、道標の3番の手前まで来ました。道標は7番か8番まであるそうです。つまり、まだ半分にも届いていません。
ここで、引き返すことにしました。登り始めた時刻が遅かったのです。往復4〜5時間かかるとすると、山頂に着くのが午後3時前、下りてくるころには日が傾いています。帰りに登山客の方に聞いたところ、早くて往復4時間、ふつうは5時間を見たほうがよい、とのことでした。戻って正解だったと思います。
途中、苔むした大岩の上に小石が積まれているところがありました。誰かが、ここまで来た印に置いていったのでしょうか。
奥宮は、この記事ではまだ書けません。次は朝9時か10時には登り始めて、山頂まで行くつもりです。そのときに書き足します。
山の中の社

下りてきてから、愛宕社の側にも足を延ばしました。かなり険しい石段です。上から見下ろすと、急勾配がよく分かります。石段の上に木の鳥居と小さな社殿があって、そこから先が北尾根コースの登山道につながっています。

読者の疑問を、現地で確かめてきました
この記事を書く前に、椿大神社について検索されている言葉を調べました。奥宮の登山の次に多かったのが、お守りと水晶のブレスレット、御朱印、ペット、バスの行き方でした。それを一つずつ確かめてきました。
水晶のブレスレットは、社務所で授与されています。撮影はできないので写真はありません。大きさは大・中・小の三つで、10月3日の時点で大が15,000円、中が10,000円、小が5,000円。色は白とピンクで、ピンクは女性向け、白は男性向けとのことでした。この日は大と中が入荷待ちでした。水晶の石の数は神社ごとに決まっていて、椿大神社にも決まった数があるそうです。

御朱印は、書き置きのみでした。初穂料300円。種類は4つ——本宮、別宮の椿岸神社、寿老神(鈴鹿七福神)、三社龍神(庚龍・龍蛇・立雲龍の印)。授与所は16時30分まで、御祈祷の受付は16時までです。

いただいた本宮の御朱印は、中央に「椿大神社」、右上に朱で「猿田彦大本宮」、社印には「伊勢一の宮 地祇大本宮」とあります。

おみくじは、初穂料300円のものが並んでいました。運氣上昇みくじと椿みくじです。お守りが入った「開運招福お守入おみくじ」は授与料200円で、熊手・大黒天・恵比須・招き猫・小槌・かえる・銭亀・だるまのどれかが入っているそうです。QRコードで引くオンラインおみくじもありました(初穂料200円)。

隣には「厄除割符」。割符の片方に氏名を書いて板を割り、納符箱に納め、紐と鈴の付いたほうを御守として一年間持つ、という仕組みです。初穂料300円。前厄・本厄・後厄で紐の色が違いました。

ペットについては、境内の掲示に、補助犬・介助犬以外は抱くかケージに入れてください、とありました。椿会館は、ペットを連れての入館はお断り、と玄関に書かれています。

参拝時間は、11月から4月が午前5時から午後6時、5月から10月が午前5時から午後7時。御朱印・授与所は午後4時30分まで、御祈祷受付は午後4時までです。
バスで来るなら

鳥居のそばにバス停があります。路線は二つ。

一つは三重交通の62系統、室山経由のJR四日市行きです。10月3日に撮った時刻表(2024年10月1日改正)では、平日は6時21分から17時20分まで8本、土日祝は6時21分から17時20分まで10本。最終が17時20分なので、登山をするなら帰りの便を先に決めておいたほうがよさそうです。

もう一つは鈴鹿市コミュニティバスの「椿・平田線」。椿まわりから長沢、JR加佐登駅、近鉄平田町駅、鈴鹿ハンターへ向かう路線で、7時台から20時台まで毎時14分発でした。19時台と20時台は長沢止めです。
時刻は変わることがありますので、出かける前に三重交通と鈴鹿市の案内で確かめてください。
椿会館の、椿とりめし

登る前に椿会館で昼を食べました。神域の表玄関にある建物で、1階に食堂と売店があります。営業時間の掲示によれば、お食事は10時から16時(注文は15時30分まで)、売店は8時30分から17時。

名物は椿とりめし。とりめし定食は松・竹・梅があり、持ち帰りの「椿とりめし折」は800円でした。とりめしは無くなり次第終了です。

鳥居の近くには「椿茶園」という日本茶のカフェもあります。お茶農家が淹れる、とありました。山本町の特産がかぶせ茶であることは、さっきの案内板で知ったばかりです。
訪ねるなら
- 参拝時間は11月から4月が5時から18時、5月から10月が5時から19時。夜間は閉門しています(現地の掲示、2026年10月3日確認)
- 授与所(御守・御朱印)は8時から16時30分。御祈祷の受付は8時から16時まで、予約不要
- 御朱印は書き置きのみ、初穂料300円。本宮・別宮・寿老神・三社龍神の4種類
- 駐車場は無料で約500台。参拝なら第1・第2駐車場が本殿寄り。登山なら第3駐車場
- 鈴松庵の呈茶は9時から16時、一服1,000円
- 椿会館の食事は10時から16時(注文は15時30分まで)、売店は8時30分から17時。ペットは入館できません
- 境内では補助犬・介助犬以外は抱くかケージに入れて
- バスは三重交通(JR四日市行き・最終17時20分)と鈴鹿市コミュニティバス(毎時14分発)。時刻は出かける前に確認を
- 雨のあとは参道の脇やかなえ滝の周りがぬかるみます。滝のそばにはマムシ注意の札もありました
奥宮へ登るなら
- 公式の案内は「奥宮まで片道2時間」。登山客の方の話では、早くて往復4時間、ふつうは5時間
- 朝9時か10時には登り始める。私は12時25分に登り始めて、1時間で引き返しました
- 登山靴と登山の装備。思った以上に登山道で、沢沿いの濡れた岩と倒木が続きます
- 熊よけの鈴。二本松コースの登山口に熊出没注意の看板があり、登山客はみな鈴を付けていました
- コースは三つ(二本松尾根・井戸谷・北尾根)。二本松と井戸谷は山頂付近で合流するそうで、そこから先はさらに険しいと聞きました
- 鈴鹿市の掲示の6項目——行き先を誰かに伝える、天気予報、装備、計画の余裕、携帯の電池、体調
帰り道に
20年あまりぶりに来て、初詣の記憶と重なったのは、参道の入口の景色くらいでした。あとはほとんど、初めて見るものばかりです。御陵のこと、三つの龍神の社のこと、松下幸之助のこと、門前の山本町のこと。初詣の人混みの中では、どれも目に入っていませんでした。
この神社のことを、名前しか知らなかったんだなと思います。
奥宮には、まだ届いていません。宿題は、もう一度残して帰ってきました。
参拝の基本的な流れは参拝の基本作法に、御朱印のなりたちは御朱印は「集めるもの」ではなかったにまとめています。同じ猿田彦大神を祀る伊勢の社は猿田彦神社のスポットページからどうぞ。
この記事の場所のそばにある福
- 月讀宮(皇大神宮別宮)(猿田彦神社 から 約1.1km)
- 伊勢神宮 内宮(皇大神宮)(猿田彦神社 から 約1.4km)
- 伊勢神宮 外宮(豊受大神宮)(猿田彦神社 から 約2.8km)
猿田彦神社の周りには、伊勢市の福が5件あります。
伊勢市の福 5件をひらく →参考・出典
25件出典に基づいて掲載しています
- 椿大神社について | 椿大神社
tsubaki.or.jp - 境内のご案内 | 御祭事 | 椿大神社
tsubaki.or.jp - 参拝・ご祈祷 | 参拝・お祓い・ご祈祷 | 椿大神社
tsubaki.or.jp - よくあるご質問 | お問い合わせ | 椿大神社
tsubaki.or.jp - 茶室 鈴松庵 | 施設紹介 | 椿大神社
tsubaki.or.jp - 境内における撮影について | 新着情報
tsubaki.or.jp - 現地説明板「椿大神社」由緒板(2026-09-04 撮影確認)
- 現地説明板「地球玉の猿田彦大神/高山土公神陵」(2026-09-04・10-03 撮影確認)
- 現地説明板「庚龍神社」(平成十六年三月設置/2026-09-04・10-03 撮影確認)
- 現地説明板「松下社(椿大神社末社)」(2026-09-04 撮影確認)
- 現地石碑「御舟石坐御由緒」(2026-09-04 撮影確認)
- 現地説明板「大黒天/恵比須神」(2026-09-04 撮影確認)
- 現地説明板「招福の玉」「夫婦輪石」(2026-09-04・10-03 撮影確認)
- 現地掲示「参拝時間」「御祈祷受付・授与所」「納札所のご案内」「ペットをお連れの方へ」(2026-10-03 撮影確認)
- 現地案内図の貼り紙「奥宮まで片道2時間」・絵地図「Welcome 入道ヶ岳」(2026-10-03 撮影確認)
- 現地掲示「これから登山する方へ!」(鈴鹿市・鈴鹿市消防本部・鈴鹿山渓観光協会/2026-10-03 撮影確認)
- 現地掲示「熊 出没注意!!」(鈴鹿市商業観光政策課/2026-10-03 撮影確認)
- 現地説明板「椿の杜」(平成二十四年五月/2026-10-03 撮影確認)
- 現地説明板「龍蛇神両地神社」「椿立雲龍神社」(2026-10-03 撮影確認)
- 現地掲示「氣魄」鉄砲柱(平成二十一年六月/2026-10-03 撮影確認)
- 現地案内板「東海自然歩道」(環境庁・三重県)「ようこそ山本町へ」(平成19年3月/2026-10-03 撮影確認)
- 三重交通「椿大神社 01のりば」時刻表(2024年10月1日改正/2026-10-03 撮影確認)
- 鈴鹿市コミュニティバス「椿・平田線」時刻表(2026-10-03 撮影確認)
- 椿会館「営業時間のご案内」(2026-10-03 撮影確認)
- 椿大神社パンフレット「境内のご案内」・由緒の冊子(2026-10-03 現地で受領)
この記事について
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