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除 除の福 資料確認済み

大江神社(天王寺七宮・夕陽丘)|どんな福が宿る場所か

自治体史・公的アーカイブ・寺社の公式由緒等、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-07-30
石段の上の鳥居。愛染坂の上に鎮座する
石段の上の鳥居。愛染坂の上に鎮座する

愛染坂の上に鎮座する古社。境内の由緒書きによれば、上之宮・小儀・土塔・河堀・堀越・久保の各社とともに「天王寺七宮」と称し、聖徳太子が四天王寺の鎮守として祀ったものと伝わります。天王寺北村の産土神で、明治40年に土塔神社・上之宮神社などが、翌41年に小儀神社が合祀されたと神社公式サイトは記しています(境内の由緒書きは、明治40年の神仏分離により小儀神社・土塔神社を合祀したと記します)。一帯が「夕陽ヶ丘」と呼ばれるのは、かつて台地のすぐそばまで海が迫り、西の海に沈む夕日が美しかったことによると由緒書きは記しています。

大江神社の境内奥には、一対の狛虎がいます。公式の説明を読むと、戦火で傷ついた江戸時代の阿形は、その後もずっと今の場所に立っているわけではありません。台座の傷みから、平成15年(2003年)に吽形と同じ時期につくられ保管されていた阿形と替えることになり、平成23年(2011年)10月に奉納されたと案内されています。旧像は蔵に保管されているそうです。目の前の像と、そこに伝わる古い像の物語を分けて見ると、境内の印象も変わりそうです。旧像を普段から見学できるかどうかは確認できていません。(2026年9月30日、公式説明を確認)

行き方は、Osaka Metro谷町線「四天王寺前夕陽ヶ丘」駅の3番・5番出口から南へ100m、大阪星光学院の北東の角を西へ120m、と神社の案内にあります。大阪市の説明では、大江神社は愛染坂の坂の上にあり、境内には「夕陽岡」の碑があります。(2026年9月30日、公式案内を確認)

時のながれ

現地の写真

拝殿
拝殿
参道の石段
参道の石段
境内の由緒書き。「天王寺七宮」の各社名が記される
境内の由緒書き。「天王寺七宮」の各社名が記される
大江神社(天王寺七宮・夕陽丘)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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このページで確かめたこと

現地確認/未解決

2026年7月30日に境内の由緒書きを撮影して読み取りました。そこには天王寺七宮の社名、慶応3年(1867年)の改称、明治40年(1907年)の合祀、夕陽ヶ丘という地名の由来が記されています。聖徳太子が七宮を四天王寺の鎮守として祀ったという部分は、由緒書き自体が「伝うる所によれば」としています。

この節の確認に使った資料

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参考・出典

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訂正履歴

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