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現地レポ

苧ヶ瀬池と八大龍王総本殿へ行ってきました — 池のまんなかの社、社務所でいただいた冊子、それから山中不動院

9月12日に岐阜県各務原市の苧ヶ瀬池を訪ね、池のなかに建つ社や八大龍王総本殿、社務所で伺った話と無料の冊子『信仰と伝説のおがせ池』を記録しました。勧められて向かった山中不動院の急な石段と、無人で受ける御朱印のことも書いています。

2026-09-12 | 執筆・編集:福跡マップ編集部

9月12日の朝、岐阜県各務原市の苧ヶ瀬池(おがせいけ)に着いたのは10時ごろでした。

池のすぐ横に無料の駐車場があって、車を降りて顔を上げたら、もう池です。

苧ヶ瀬池。対岸に堤と住宅、背後に低い山
苧ヶ瀬池。対岸に堤と住宅、背後に低い山

広いです。あとでいただいた冊子には、周囲約2キロメートルとありました。曇っていたぶん、山の輪郭がくっきり出ていました。

岐阜県新八景の第一位

道路沿いの看板「岐阜県新八景1位 おがせ池」
道路沿いの看板「岐阜県新八景1位 おがせ池」

池のふちの道を歩いていくと、モミジの間に細い標柱が立っています。

「岐阜県新八景第一位入選」の標柱。右の小字に「岐阜タイムス社選定」
「岐阜県新八景第一位入選」の標柱。右の小字に「岐阜タイムス社選定」

岐阜県新八景第一位入選
(右の小字)岐阜タイムス社選定

選んだのが誰かまで彫ってある標柱を、あまり見たことがありません。各務原市の公式サイトも、この池を「岐阜県新八景第1位の景勝地」と書いています。

道路脇の大きな自然石の碑。「岐阜県新八景第一位 おがせ池」と刻まれている
道路脇の大きな自然石の碑。「岐阜県新八景第一位 おがせ池」と刻まれている

駐車場の脇には、木枠の案内図が立っていました。

駐車場脇の「おがせ池案内図」。池のまわりの社の配置も描かれている
駐車場脇の「おがせ池案内図」。池のまわりの社の配置も描かれている

おがせ池は大切な農業用のため池です。古くから地域の信仰も厚く、様々な伝説があり神秘の池として知られています。

農業用のため池、という一行が先に来ています。そういう目で見ると、池のあちこちに杭と緑のネットが張ってありました。地図には、おがせ神社、薬王院、八大白龍大神、八大龍王社殿、八大龍王総本殿、八大龍王本殿と、社の名がずらりと並んでいます。

池のまんなかに、社が建っています

駐車場から池を見たときに、まず目に入ったのがこれでした。

池の中の基壇に建つ社殿。手前の水面に杭とネット
池の中の基壇に建つ社殿。手前の水面に杭とネット

池の中に、社が建っています。橋も参道もなく、岸から見るだけの社です。

同じ社を正面の岸から。朱の扉と狛犬
同じ社を正面の岸から。朱の扉と狛犬

八大龍王総本殿

池のふちに戻って、白い奉納幟の列に沿って歩くと、朱塗りの拝殿があります。

朱塗りの拝殿。左手前に「八大龍王」の石灯籠、右に「八大龍王總本殿」の標柱
朱塗りの拝殿。左手前に「八大龍王」の石灯籠、右に「八大龍王總本殿」の標柱
拝殿を正面から。奥の窓の向こうに池
拝殿を正面から。奥の窓の向こうに池
拝殿の中。金糸で龍を刺繍した幕と、窓の向こうに池の中の社
拝殿の中。金糸で龍を刺繍した幕と、窓の向こうに池の中の社
龍の吐水口がある手水鉢。正面に「水盤」の彫り字
龍の吐水口がある手水鉢。正面に「水盤」の彫り字

池の対岸には、朱の拝殿とは別に、木造で瓦屋根の堂が建っています。

池の対岸に建つ木造瓦屋根の堂。幟に「八大龍王本殿」
池の対岸に建つ木造瓦屋根の堂。幟に「八大龍王本殿」

朱の拝殿と、古い木の堂と、池の中の社。歩いているうちに、社がいくつあるのか分からなくなってきました。

社務所で伺った話

拝殿のすぐ横が社務所でした。御朱印をお願いすると、書き置きのものを出してくださいました。300円です。直書きはないとの事。

いただいた御朱印。右上の朱枠に「おがせ池 八大龍王」
いただいた御朱印。右上の朱枠に「おがせ池 八大龍王」

社がいくつもあることについて伺いました。ここから先は社務所で伺った話で、公的な資料では確かめられていません。

社務所で管理しているのは、池の上の社と、すぐ隣の社と、50メートルほど先の「八大」とつく社の三つ。ほかは地域の方が別に管理しているとの事。50メートル先の社は宝物庫にあたるとの事。

池の上に社が建っている理由も伺いました。昔、龍神様が体の傷を癒すためにこの場所で休まれた。それでその場所に社を建てて祀ることになったとの事。

戦争中は、戦地へ行く前や帰ってきた後に参拝する方が多かったとの事。今でも北海道など遠方から来られる方があり、近いところでは愛知県の尾張旭や犬山のあたりから熱心に通われる方がいるとの事。

そのあと、宝物庫の社にもお参りしました。

なんでか分かりませんが、この日いちばん強く祈りたくなったのが、この社の前でした。理由は無いです。大きくもないし、飾りがあるわけでもない。ただそう感じました。

冊子『信仰と伝説のおがせ池』

社務所で、冊子を一冊いただきました。無料で、ここでしか配っていないとのことです。

社務所でいただいた冊子の表紙
社務所でいただいた冊子の表紙

発行は八大龍王総本殿、令和3年2月。総ルビの縦組みで、目次には龍女解脱物語、宝剣物語、薬王院の由来が並んでいます。

冊子の見開き。右に龍女と笑堂和尚の挿絵、左に目次
冊子の見開き。右に龍女と笑堂和尚の挿絵、左に目次
冊子の「はじめに」と龍女解脱物語のあらすじ
冊子の「はじめに」と龍女解脱物語のあらすじ

「はじめに」に、数万匹の鯉が泳ぐこと、そして「特に、『鯉と亀』は神の使いとして崇められ、保護されておりますので、可愛がってください。お願いいたします。」と書かれていました。

続くのが龍女解脱物語です。冊子によると、この池は光仁天皇の宝亀年間(771年〜780年)に一夜のうちにできた大池で、深さを測ることもできず、里人たちは龍宮に通じている八大龍王の池だといって畏敬していた、とあります。

池には幾百年も年を経た大蛇が棲み、里に出ては美人となり、山に入っては山姥となって人畜を悩ませていた。その大蛇が鵜沼の大安寺開山・笑堂和尚の済度を受けて蛇身を脱れ、こう誓ったと冊子は記します。

病苦に悩む者あれば念ぜよ。我その苦を身に受くるとも必ず誓って彼を救わん

社務所で伺った「龍神様が傷を癒すために休まれた」という話と、冊子の龍女の話は、筋が違います。

冊子の終わりのほうに、地名の由来がありました。

冊子の終わりのページ。「山中不動・迫間不動」と「苧がせ」の由来
冊子の終わりのページ。「山中不動・迫間不動」と「苧がせ」の由来

「カラムシ」と言う植物の皮を加工して糸にしたものを「苧」と言う。「苧」をかせ枠に巻き取った後、枠から「苧」を取り外して輪状にした束を「苧がせ」と言う。

糸の束の名前だったとは、思っていませんでした。

同じページの上には「エ、山中不動・迫間不動」という短い項があって、「共に美濃三不動の一にして山間静寂の境地、霊験共に効力あり」と書かれています。この山中不動というのが、このあと行くことになる場所です。

池の横のさざれ石

車で池の横を通ったときに、さざれ石を見つけたので、戻って写真を撮りました。

池のほとりのさざれ石と、右の由緒碑
池のほとりのさざれ石と、右の由緒碑

右の黒御影の碑に、こうあります。

この石は、国歌に詠まれている如く千代八千代年をへて、さざれ石巌となりて苔のむす、と言う団結と繁榮、平和と長寿を象徴した目出度い石であります。

昭和61年の秋に天皇陛下御在位六十年を祝う行事が行われ、それを記念して各務原市奉祝委員会が建てたものだと碑文にありました。

少し行くと寺がありますよ、と言われて

社務所を出るときに、ほかにおすすめはありますかと伺いました。返ってきたのが「少し行くと寺があります」でした。山中不動院との事。車で10分ほどです。

山中不動院の入口。石鳥居の扁額に「山中不動院」
山中不動院の入口。石鳥居の扁額に「山中不動院」

左の石標に「敬眞山御嶽大神」、右に「山中不動明王」。

入口の案内看板に、寺の名乗りが書いてありました。

入口の案内看板。寺の名乗りと境内案内図
入口の案内看板。寺の名乗りと境内案内図

宗教法人 高野山真言宗 寶宮寺

下半分は昭和59年8月作の手描きの境内案内図で、俱利加羅、本堂、弘法堂、岩屋不動、稲荷、御嶽大社と書き込まれています。冊子が「美濃三不動の一」と書いていたのが、ここです。

石段はかなり急です

参道を進むと、道が二手に分かれます。左は石段でした。

鳥居の下から見上げた石段。苔むしている
鳥居の下から見上げた石段。苔むしている

見上げた時点でためらいました。苔むしていて、手すりはあるものの、かなり急です。せっかく来たので上まで行きましたが、歩きにくい靴の方はやめておいたほうがいいと思います。登りきったところにも社があって、お参りしてから下りてきました。

鳥居の柱の間から、苔に覆われた石段を見上げる
鳥居の柱の間から、苔に覆われた石段を見上げる
石段の途中から、木立越しに山並みと平野
石段の途中から、木立越しに山並みと平野
上から見下ろした石段。下に石鳥居
上から見下ろした石段。下に石鳥居

滝と巨岩巨竜神の説明

右のほうへ歩くと、緑枠の説明板が立っています。題は「滝と巨岩巨竜神の説明」。

境内の説明板「滝と巨岩巨竜神の説明」
境内の説明板「滝と巨岩巨竜神の説明」
説明板と、その奥に広がる岩尾根
説明板と、その奥に広がる岩尾根

旧石器時代から順に年代が並び、24000年前の火山灰(板の表記は「始良火山」)、縄文時代の炉畑遺跡、飛鳥時代の須恵器と続きます。最後の一段がこうです。

弘法大師はその折、各務原の大規模集落の須恵器を見学されていると思う。
その折、苧ヶ瀬の池と山中不動院の龍神と滝はお会いされたと思います。

「思います」で終わる説明板を、初めて見ました。断定していないのに、この日に回った二つの場所が同じ板の上に並んでいます。

板の先に、その滝がありました。

岩壁を細く落ちる滝。下の岩に小さな額
岩壁を細く落ちる滝。下の岩に小さな額
岩壁の前に建つ朱塗りの稲荷社。右の岩肌に注連縄
岩壁の前に建つ朱塗りの稲荷社。右の岩肌に注連縄

さらに奥へ行くと、大きな岩のえぐれた洞に注連縄を張り、祠と石仏を祀ってあるところがありました。案内図の「岩屋不動」だと思います。

大岩の洞に注連縄を張り、祠と石仏を祀る
大岩の洞に注連縄を張り、祠と石仏を祀る

不思議な空間でした。怖くはありません。

杉林の斜面にそびえる巨岩。足元一面にシダ
杉林の斜面にそびえる巨岩。足元一面にシダ

なお、ここの龍は倶利伽羅龍王(くりからりゅうおう)で、苧ヶ瀬池の八大龍王とは別の系統です。二つの場所をつなぐ事実として手元にあるのは、社務所の方に勧められたこと、冊子が山中不動を美濃三不動の一つに挙げていること、この説明板の末尾に苧ヶ瀬池が出てくること、この三つです。

郵便受けに300円

参道の脇の棚に、透明のケースが置いてありました。

参道脇のケースに入った御朱印と、手書きの貼り紙
参道脇のケースに入った御朱印と、手書きの貼り紙

・御朱印1枚 300円
・郵便受けにお金を入れて下さい。

無人での授与です。郵便受けに納めて、一枚いただいてきました。

山中不動院の御朱印。墨書は倶利伽羅龍王・山中不動明王・弘法大師
山中不動院の御朱印。墨書は倶利伽羅龍王・山中不動明王・弘法大師

寺の公式ブログによると、御朱印は300円のものと倶利伽羅龍王神の700円のものの二種類があるそうです。

訪ねる前に

同じ池のまわりに

龍神が傷を癒した場所という話と、大蛇が人を悩ませた末に救われた話と、大切な農業用のため池という説明。どれも同じ池のまわりに並んで立っています。

宝物庫の社の前で手を合わせたくなった理由は、今も説明できません。次に行ったときも同じように感じるのか、確かめにまた行こうと思います。

この池を訪ねる方にも、山と水の静かな時間が流れると良いですね。

池のまわりの場所とデータは八大龍王総本殿(苧ヶ瀬池)のページにまとめています。

山中不動院の場所とデータは山中不動院(寶宮寺)のページにまとめています。


全国の、福が伝えられている場所を地図で探せます。→ 福跡マップで見てみる

八大龍王総本殿の周りには、各務原市の福が2件あります。

各務原市の福 2件をひらく →

参考・出典

13件出典に基づいて掲載しています

訂正履歴

公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録しています。

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