建水分神社(たけみくまりじんじゃ)|どんな福が宿る場所か
金剛山の麓にある建水分神社には、三つの社殿を渡廊で結んだ国の重要文化財の本殿があります。文化庁のデータでは、中殿は一間社春日造、左殿と右殿は二間社流造で、いずれも檜皮葺です。並ぶ三殿がすべて同じ形というわけではありません。千早赤阪村は、崇神天皇5年に諸国が飢えた際、金剛山麓に水の神を祀ったのが始まりと伝えています。大阪観光局は、金剛葛城の山麓に水神として奉祀したと紹介しています。祭神は五座で、神社の公式サイトと村の案内では、中殿に天御中主神、左殿に天水分神と罔象女神、右殿に国水分神と瀬織津媛神を祀るとされています。水をめぐる由緒と、三殿それぞれの祭神・建築の違いをたどれる社です。
2026年の秋祭(御神輿渡御祭)は10月17日(土)です。神社の御祭礼の案内では、10時30分に神輿の修祓式、11時に神輿が本社を出て約1km下の御旅所(通称・比叡前)へ渡り、11時30分から御旅所で地車の宮入りが行われます。この神社でいう「宮入り」は、境内ではなく、御旅所の神輿の前に地車が集まることだと神社は説明しています。
公共交通では、近鉄富田林駅(3番のりば)から金剛ふるさとバス白木線で水分へ向かいます(停留所から神社まで徒歩1分)。白木線で水分まで行く便は1日6本で、午前は8時35分発の次が11時10分発です。交通系ICカードは使えません。神社の無料駐車場は25台ですが、そのうち北側の7台は正月三が日など混雑するときだけ使えると案内されています(2026年10月2日に神社と富田林市の公式サイトで確認。バスは2026年6月1日更新の時刻表)。

近くの福
- 科長神社(しながじんじゃ)(水の福・約6.3km)
- 狭山神社(半田の大宮)(水の福・約7.9km)
- 飛鳥戸神社(あすかべじんじゃ)(除の福・約8.4km)
- 杜本神社(もりもとじんじゃ)(縁の福・約9.5km)
時のながれ
- 崇神天皇5年と伝わります — 諸国が飢えた際、金剛山麓に水の神を祀ったのが始まりと千早赤阪村は伝えています。村の案内は、池や溝を造って農業を勧めたことと結び付けて説明しています。
- 建武元年(1334) — 後醍醐天皇の命で楠木正成が社殿を現在地へ移したと、大阪観光局の案内が伝えています。
- 室町中期 — 文化庁のデータは、現存する中殿・左殿・右殿の三棟を、いずれも室町中期(1393〜1466)の建築としています。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
本殿の中殿だけでなく、左殿・右殿の文化庁データも確認すると、三棟とも指定日は1900年4月7日です。一方、千早赤阪村の案内は昭和25年に重要文化財指定と記しています。神社の公式サイトは、明治33年(1900年)に大阪府の神社建築として初めて特別保護建造物(当時の国宝)に指定され、昭和25年(1950年)に改めて重要文化財の指定を受けたと説明しています。文化庁の1900年と村の昭和25年は、この二度の指定をそれぞれ指しています(2026年9月28日に公式サイトで確認)。また、大阪観光局は一般参拝を拝殿までと案内しています。
この稿のための現地確認は行っていません。三殿や渡廊を参拝位置からどこまで望めるかは未確認で、近づいて見られるとは限りません。現地の案内に従ってください。
この節の確認に使った資料
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
参考・出典
9件出典に基づいて掲載しています
- 建水分神社(本殿は重要文化財)
千早赤阪村 - 建水分神社
大阪観光局 - 建水分神社本殿(中殿)
文化庁 - 建水分神社本殿(左殿)
文化庁 - 建水分神社本殿(右殿)
文化庁 - 建水分神社 令和8年 秋祭のご案内
建水分神社(公式) - 御祭礼
建水分神社(公式) - アクセス・お問い合わせ
建水分神社(公式) - 金剛ふるさとバス 時刻表
富田林市
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録しています。
- :紹介文の祭神を「天水分神・国水分神」から、神社公式の御由緒と千早赤阪村の案内どおり「五座」に改めました。「このページで確かめたこと」の重要文化財の指定年の食い違いは、公式の説明(明治33年に特別保護建造物、昭和25年に改めて重要文化財)で解消できたので書き直しました(2026年9月28日確認)。
この場所について
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