阿麻美許曽神社(あまみこそじんじゃ)の楠と社叢|どんな福が宿る場所か
大和川の南側に広がる阿麻美許曽神社の境内は、松原市側へ入り込んだ大阪市東住吉区の飛地にあります。大阪市は、境内に残る樹齢500年とされる楠の群を、市の条例による保存樹林と紹介しています。広い境内に大樹が残る風景と、川を隔てても氏神と地域のつながりが続いた経緯をたどれる場所です。創建は大同年間(806〜810)と伝わりますが、市の歴史案内も詳しいことは不明としています。手洗舎の東側には「行基菩薩安住之地」の石碑があると区が案内しており、樹木だけでなく、当地に伝わる行基の物語を示す石碑も手がかりになります。

近くの福
- 大依羅神社(おおよさみじんじゃ)(水の福・約1.0km)
- 中臣須牟地神社(なかとみすむちじんじゃ)(除の福・約1.3km)
- 布忍神社(ぬのせじんじゃ)(縁の福・約1.9km)
- 式内楯原神社(しきないたてはらじんじゃ)(縁の福・約3.1km)
時のながれ
- 大同年間(806〜810) — 創建と伝わりますが、大阪市の歴史案内は詳しいことは不明としています。
- 宝永元年(1704) — 大和川の付け替え工事で、矢田村の人々が住む地域と氏神の社地が川で分かれたと、東住吉区が説明しています。
- 文久3年(1863) — 東住吉区の解説では、拝殿が建てられた年です。
- 昭和35年(1960) — 本殿が再建されたと、東住吉区が説明しています。現在の社殿の年代と、創建の伝承は分けて考えられます。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
保存樹林という指定は楠の群を対象とする説明で、樹齢500年は大阪市が紹介する値です。今回読んだ市の2ページには、各木の測定値や樹齢の算定方法、指定年月日は示されていません。行基の石碑についても、東住吉区は行基年譜に天美滞在の記載がなく、裏付けが難しいと留保しています。石碑があることと、行基の滞在が確定することは別です。
樹齢の数字は資料によって違います。東住吉区の歴史案内は樹齢500年、区の「トリセツMAP」は「おおよそ樹齢600年」と紹介しています。どちらも、各木の年齢を測った方法は示していません。2026年10月に確かめた大阪市の制度説明では、保存樹は樹種や樹齢を問わず幹回りや高さで、保存樹林は群生する枝葉の面積などで指定基準を定めていて、樹齢の長さそのものは条件になっていません。
この稿のための現地確認は行っていません。木々の現在の状態や保護範囲、石碑の案内文は現地で確かめていません。
この節の確認に使った資料
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
参考・出典
4件出典に基づいて掲載しています
- 003 阿麻美許曽(あまみこそ)神社
大阪市東住吉区 - 歴史の散歩道 上町台地南コース 38 阿麻美許曽神社
大阪市建設局 - 東住吉区トリセツMAP(表面)
大阪市東住吉区 - 保存樹・保存樹林等、貴重な緑の保全・育成への助成について
大阪市
この場所について
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