月読神社(松尾大社摂社)|どんな福が宿る場所か

『日本書紀』顕宗天皇3年(487年)の条に、月神が「我に奉らば、当に福慶あらむ」と託宣したことを創祀の由緒とする松尾大社の摂社です。公式由緒は、信仰が天文・暦数・卜占・航海から、時に疱瘡、近世以降は農耕へと移ったと記しています。境内には神功皇后ゆかりの月延石がまつられ、現在は安産守護の社として崇敬されています。
この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
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時のながれ
- 顕宗天皇3年(487年) — 『日本書紀』に、月神が土地を求めて「我に奉らば、当に福慶あらむ」と託宣したと記される。朝廷が歌荒樔田を奉り、壱岐の押見宿祢が社を造って仕えたことを創祀とする
- 斉衡3年(856年) — 桂川の度重なる氾濫を避けるため、松尾山のふもとの現在地へ移ったと伝わる
- 時期不詳 — 天文・暦数・卜占・航海の神から、時に疱瘡の神としても崇められたと公式由緒が説明する
- 近世以降 — 農耕の神として地域の人々の崇敬を受けるようになったと公式由緒が説明する
- 現在 — 境内に神功皇后ゆかりの月延石をまつり、公式は戌の日ごとに安産祈願を行うと案内している
現地の写真







近くの福
- 鈴虫寺(華厳寺)(縁の福・約342m)
- 松尾大社 亀の井(日本第一酒造神の霊泉)(水の福・約427m)
- 梅宮大社(うめのみやたいしゃ)(縁の福・約1.2km)
- 虚空蔵法輪寺(嵯峨の虚空蔵さん)(学の福・約1.7km)
このページで確かめたこと
現地確認/資料照合
2026年9月23日に現地を訪ね、鳥居、本殿、願掛け陰陽石、月延石とその掲示、御船社、社務所の掲示を撮影しました。松尾大社の駐車場を出てから徒歩で8分ほど、社の手前には車を停められるスペースがあります。
社務所は無人でした。窓の貼り紙には「折角のご参拝不在にして失礼しました」に続けて、お守りや朱印は各自で白袋に入れ、備付の封筒に数と金額を記入して初穂料を同封し、扉の間の投函口に入れること、郵送の要・不要を封筒に示すこと、そのまま持ち帰ってよいことが書かれています。御朱印は書き置きが用意されていました。掲示に金額の指定はなく、参拝者が自分で記入する形です。
境内の月延石は玉垣に囲まれ、参拝者が納めた白い石が積まれています。社務所の窓口には「祈願石(安産・子授け)初穂料 1,000円」「石は正面奥、月延の石の所にお備えください」と手書きの札が添えられ、白い石と筆ペンが置かれていました。不在時の掲示にも、祈願石を取って奉納し初穂料を封筒に入れるようにと書かれています。
この節の確認に使った資料
🖌 この社寺でいただいた御朱印の記録: 2026年9月23日(参拝記録の一覧へ)
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この福を掘り下げた記事
- 松尾大社へ行ってきました — 御朱印・ご利益・駐車場と、撮れない神像館
- 鈴虫寺(華厳寺)へ行ってきました — 説法の時間、お守りの願い方、駐車場とアクセス
- 月読神社とは — 月の神が「福慶」を告げた、京都・安産信仰の社
参考・出典
5件出典に基づいて掲載しています
- 月読神社 由緒
松尾大社(公式) - 月読神社の安産祈願
松尾大社(公式) - 月読神社 MAP
松尾大社(公式) - 押見宿祢霊社遺跡碑
京都市 - 松尾月読神社(日本歴史地名大系 施設・地点項目データセット)
人文学オープンデータ共同利用センター/国立情報学研究所
この場所について
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