福王神社(福王山毘沙門天王)|どんな福が宿る場所か
三重県三重郡菰野町田口の福王山に鎮座する神社です。境内の由緒の掲示板によると、御祭神は饒速日命・天照大神・倉稲魂命・大山祇神・応神天皇・市杵島姫命・毘沙門天・聖徳太子で、福王山は大和の信貴山と並ぶ太子崇敬の霊場とされています。同じ掲示板の「毘沙門天王御縁起」は、敏達天皇五年(五七六年)に百済国から献じられた仏工・安阿弥が彫った尊像を、聖徳太子がこの霊場に安置したと伝えています。
菰野町の説明板は、毘沙門天を福徳の神として祀り、数多くのご利益がある神社として親しまれていると記しています。山頂付近には奥の院と「天狗の踊り場」と呼ばれる場所があり、通る人を天狗が襲うという話があり、桑名藩主・松平定綱が山林を伐り払うと安全に通れるようになったという伝説も、菰野町の説明板が紹介しています。
本殿へは、延長326m・平均斜度18%の天狗坂(現地の案内板)と石段を上ります。御祈祷・お守り・御朱印は、公式サイトによると毎月3日・13日・23日のみの対応で、正月1日〜3日と春・秋の大祭の日は随時です。

近くの福
- 椿大神社(猿田彦大本宮・伊勢国一の宮)(除の福・約13.7km)
- 保曽井神社(曽井城の氏神)(除の福・約14.1km)
- 多度大社(北伊勢大神宮)(除の福・約14.5km)
- 神明神社(尾平町)(除の福・約15.5km)
この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
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時のながれ
- 敏達天皇5年(576) — 境内の「毘沙門天王御縁起」は、百済国から献じられた仏工・安阿弥が彫った尊像を、聖徳太子がこの霊場に安置したと記しています。天狗坂の案内板は西暦577年と書いています。
- 江戸時代 — 菰野町の説明板によると、福王山に住む天狗が通る人を襲うという話があり、桑名藩主・松平定綱が山林を伐り払ったところ、安全に通行できるようになったという伝説があります。
- 令和3年(2021)3月2日 — 菰野町の説明板の添え書きによると、参道の千段杉(太子杉)が強風の影響で倒れました。いまは根本だけが保護されています。
このページで確かめたこと
現地確認/資料照合
2026年10月29日(平日)に参拝しました。いちばん下の広い駐車場は50台以上は停められそうで、天狗坂の途中に第1〜第4駐車場(それぞれ10台ほど)があります。天狗坂は、坂の始まりから鳥居まで5分半ほどでした。石段は数えて228段で、駐車場の上の幕には「階段238段」とありました。休憩込みで11分ほどです。社務所はこの日は閉まっていて、御朱印は受けられませんでした。
奥の院へは本殿のすぐ右手から山道を上り、片道22分、往復で40分ほどでした。途中に「残り○m」の札と七福神の石像があり、ヒルに注意の札が何本も立っています。現地の看板によると、令和8年(2026年)12月25日まで参道の改修工事があり、工事中は帰り道の一部区間が通れません。
車がない場合は、菰野町のりあいタクシー(予約制)の乗降場所が駐車場にあり、同じ北部エリアの中は1人300円です。坂の下の三重交通のバス停「福王山」から神社までは1.5キロほどあります。
この節の確認に使った資料
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この福を掘り下げた記事
参考・出典
8件出典に基づいて掲載しています
- 福王神社 ホームページ
福王神社 - ご祈祷/御朱印について
福王神社 - アクセス
福王神社 - 現地説明板「福王神社の由緒」「毘沙門天王御縁起」
福王神社(2026-10-29 撮影確認) - 現地説明板「福王神社」
菰野町(2026-10-29 撮影確認) - 現地説明板「天狗坂」
2026-10-29 撮影確認 - 現地案内図「奥の院参道と七福神めぐり」
福王山観光協会(2026-10-29 撮影確認) - 現地掲示「令和8年(2026)福王神社 日程表(予定)」
福王神社(2026-10-29 撮影確認)
この場所について
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