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除 除の福 資料確認済み

保曽井神社(曽井城の氏神)|どんな福が宿る場所か

自治体史・公的アーカイブ・寺社の公式由緒等、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-08-12
参道から見た社殿。背後は城跡と伝わる丘
参道から見た社殿。背後は城跡と伝わる丘

四日市市曽井町の丘のふもとに鎮座する社。境内の由緒板によれば、かつては牛頭天王を祀り、東光山観音寺の守護神として、また曽井城の氏神として崇められてきたが、天正5年(1577)織田信長の兵火を恐れて現在地へ移ったと伝わります。明治3年に祭神は建速須佐之男命として祀られ、明治40年の一村一社の方針で境内社を合祀して社名を保曽井神社としました。

天明6年(1786)に村下川へ架けられた「そり橋」と、天保期に氏子から奉納された屋台提灯を宝物として伝えています。地域の郷土史によれば、そり橋は天明6年(1786)4月に架けられた石造の反橋(太鼓橋)で、伊勢参りに出かける時は道中の安全を祈ってこの橋を渡ってから出発したともいわれています。

時のながれ

現地の写真

鳥居と、丘へ上る石段
鳥居と、丘へ上る石段
「保曽井神社」の社号標
「保曽井神社」の社号標
境内の由緒板。曽井城の氏神だったことが記されている
境内の由緒板。曽井城の氏神だったことが記されている
境内の小社
境内の小社
境内に建つ石碑
境内に建つ石碑
保曽井神社(曽井城の氏神)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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このページで確かめたこと

現地確認

2026年8月12日に境内の由緒板を撮影し、曽井城の氏神とされたこと、天正5年(1577年)の移転、明治期の祭神名の変更と合祀を読み取りました。

参考・出典

3件出典に基づいて掲載しています

訂正履歴

公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録しています。

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