白川八幡神社|どんな福が宿る場所か

岐阜県白川村荻町、世界遺産の合掌造り集落のなかに鎮座する社です。境内には白川村指定天然記念物のスギが立ち、現地の説明板は目通り5.6mと記しています。神社の創立は和銅年間(708〜714)と伝えられ、寛永12年(1635)に荻町集落中央の鎮座地から現在地へ移転再興したとされ、このスギはその草創当時に植えられたものと伝えられています。御祭神は応神天皇で、古代の白川郷四十三ヵ村の総社、荻町・戸ヶ野・島集落の氏神として崇敬されてきました。例祭のどぶろく祭は毎年10月14日・15日に行われます。境内一帯は「白川八幡神社社叢」として、氏子の手で守られています。なお御朱印は、宮司が常勤ではないため取り扱いがなく、郵送も行っていないと境内に掲示されています。
時のながれ
- 和銅年間(708〜714) — この頃の創立と伝えられています。ただし境内の由来板は勧請年代を不詳とし、口碑によるものとしています。
- 寛永4年(1627) — 荻町城の三代城主・山下時慶の次男氏勝が、境内に釈迦堂を寄進したとスギの説明板は記しています。
- 寛永12年(1635) — 荻町集落中央の鎮座地から現在地へ移転再興したと伝えられています。白川村役場のページは、飛騨国中案内によるとして寛永2年(1625)を挙げています。
- 明治29年(1896) — 酒造税法の施行にともない、神社においてのみ濁酒の製造が許されるようになったと、境内の由緒板は記しています。
- 昭和45年(1970)12月9日 — 境内のスギが白川村指定天然記念物に指定されました。
現地の写真




このページで確かめたこと
現地確認/資料照合/未解決
2026年8月27日に境内を歩き、御神木のスギと、その足元にある白川村指定天然記念物の説明板、社頭の看板、拝殿、「白川八幡神社の由来」の掲示を撮影しました。スギの目通り5.6m、昭和45年12月9日の指定、寛永12年(1635)に荻町集落中央の鎮座地から現在地へ移転再興したと伝わること、境内一帯が「白川八幡神社社叢」として氏子により守られていることは、いずれも岐阜県教育委員会と白川村教育委員会が連名で出しているこの説明板の記載です。御祭神が応神天皇であること、古代の白川郷四十三ヵ村の総社であったこと、例祭のどぶろく祭が毎年10月14日・15日に行われることは、由来の掲示から読み取りました。一方で、白川村役場のウェブページは同じスギを目通り9m、移転再興を寛永2年(1625)と記していて、現地の説明板とは数値が一致していません。創建についても、説明板は和銅年間(708〜714)とされていますと書き、由来の掲示は勧請年代を不詳としています。どちらが正しいかは確かめられていないため、現地に立つ説明板の値を採り、伝えられていますという書き方に留めています。なお御朱印は、宮司が常勤ではないため取り扱いがなく、郵送も行っていないと境内に掲示されています。
この節の確認に使った資料
近くの福
- 桑名宗社(春日神社)(除の福・約133.8km)
- 保曽井神社(曽井城の氏神)(除の福・約144.4km)
- 神明神社(尾平町)(除の福・約144.8km)
- 満月寺浮御堂(うきみどう)(水の福・約155.1km)
参考・出典
- 現地説明板「白川村指定天然記念物 白川八幡神社のスギ」
岐阜県教育委員会・白川村教育委員会(現地掲示・2026-08-27 撮影確認) - 現地掲示「白川八幡神社の由来」
白川八幡神社(現地掲示・2026-08-27 撮影確認) - 白川八幡神社のスギ/白川郷
白川村役場