桑名宗社(春日神社)|どんな福が宿る場所か

三重県桑名市本町、旧東海道沿いに鎮座する社です。桑名神社と中臣神社という二つの社を合わせた名称で、古くから桑名の総鎮守として崇敬され、土地では「春日さん」と呼ばれています。神社は御神徳として子孫繁栄・事業繁栄・厄除開運の三つを掲げ、由緒のなかで中臣神社を厄除けの神様と記しています。桑名市も、この社を桑名神社(繁栄の神様)と中臣神社(厄除けの神様)の二社から成ると説明しています。安産の祈願も受け付けており、江戸時代には産婆が社の石を拾いに訪れたと神社は伝えています。境内に敷き詰められた栗石は安産の御利益篤き石とされ、御祈祷と併せて受けられると神社は案内しています。神社の正面、旧東海道の辻には寛文七年(1667)の青銅の鳥居が立ち、三重県指定有形文化財「銅鳥居」として伝えられています。神社の栞は、これを日本随一の青銅鳥居と記しています。その脇には、迷子を捜すための伝言板だった「しるべいし」が残ります。当社にはこのほか、天文十二年(1543)に両社へ一口ずつ奉納されたと伝わる太刀「村正」「正重」があり、こちらも三重県の有形文化財に指定されています。八月の石取祭は国の重要無形民俗文化財で、ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の構成三十三件の一つとして登録されています。
この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
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時のながれ
- 正応二年(1289) — 中臣神社を西方の上野町山上から桑名神社の境内へ遷したと神社は伝えています。
- 永仁四年(1296) — 奈良の春日大社から春日四柱神を勧請合祀し、以後「春日さん」と呼ばれるようになったとされます。
- 天文十二年(1543) — 桑名の刀工・村正の太刀二口が、桑名神社と中臣神社へ一口ずつ奉納されたと神社は記しています。
- 慶長七年(1602) — 初代桑名藩主・本多忠勝が木造の鳥居を寄進しました。承応二年(1653)の大風で倒れたと現地の説明板は記しています。
- 寛文七年(1667) — 七代桑名藩主・松平定重が鋳物師の辻内善右衛門種次に命じ、いまの青銅の鳥居を建てたと現地の説明板は記しています。
- 宝暦年間(1751〜1764) — 比与利祭の一行事だった石取が独立し、石取祭となったとされます。
- 昭和二十年(1945) — 戦災で社殿を焼失しました。拝殿は昭和二十九年、本殿・幣殿は昭和五十九年、楼門は平成七年に再興されています。
- 昭和四十年(1965)12月9日 — 銅鳥居が三重県指定有形文化財に指定されました。
- 平成十九年(2007)3月7日 — 桑名石取祭の祭車行事が国の重要無形民俗文化財に指定されました。
- 平成二十八年(2016)1月15日 — 太刀「村正」「正重」各二口が三重県指定有形文化財に指定されたと神社は告知しています。
- 平成二十八年(2016)12月 — 「山・鉾・屋台行事」の構成三十三件の一つとしてユネスコ無形文化遺産に登録されました。
現地の写真





このページで確かめたこと
現地確認/資料照合
2026年8月28日の午後に境内と、神社正面の旧東海道の辻を歩いて撮影しました。銅鳥居は境内ではなく、楼門から東へ出た通りの辻に立っています。神社の栞は、境内から東方25メートルの所に片町通に面して立っていると記しています。その足元にある桑名市教育委員会の説明板には、三重県指定有形文化財として昭和四十年十二月九日に指定されたこと、寛文七年(一六六七)に七代桑名藩主の松平定重によって建てられたこと、その前には初代藩主の本多忠勝が慶長七年(一六〇二)に寄進した木造の鳥居があり承応二年(一六五三)の大風で倒れたこと、高さ六メートル九〇センチ・笠木長さ八メートル一〇センチ・柱回り五七・五センチ、冶工は鋳物師の辻内善右衛門種次であることが記されていました。同じ説明板の後半は、鳥居の脇に立つ「しるべいし」を説明しています。迷い児石とも言われ、子どもが迷子になったときに左側面の「たづぬるかた」へ特徴や服装を書いた紙を貼り、心当たりのある人が右側面の「おしゆるかた」へ書いて貼るという使い方でした。左右がどちら向きかは資料によって記述が分かれていましたが、この説明板と桑名市の観光ページは、どちらも左が「たづぬるかた」で右が「おしゆるかた」という点で一致しています。石そのものの刻字は摩滅と変体仮名のため、原寸で見ても一字ずつまでは読み取れませんでした。拝殿前の木札には、桑名神社の御祭神が天津彦根命と天久々斯比命、中臣神社の御祭神が天日別命と春日四柱神であること、祭事として八月第一日曜日の石取御神事、八月十六・十七日の比与利祭、九月十七・十八日の御車祭が挙げられていました。塀の掲示には、祈祷の品目として厄除開運と八方除けが並んでいます。境内の一隅には令和七年六月に建てられた「桑名刀工 千子村正之碑」があり、その傍らの解説に、当社の太刀が三重県指定有形文化財であることが記されていました。神社公式も、村正と正重それぞれ二口が県の有形文化財に指定されたと伝えています。村正には後世に妖刀の伝説が語られてきましたが、境内の解説は、奉納された後も徳川家から神社への寄進が多く篤く崇敬されたと記しています。一方で、由緒の書き方は資料によって一致していません。神社公式は中臣神社を、神護景雲三年(769年)に鹿島社から建御雷神霊が通過した基址に祀られたものと記しますが、三重県神社庁のデータベースは同じ社について、氏人が創始したのであろうという推定の形で書いています。青銅の鳥居についても、神社の栞は日本随一の青銅鳥居と記す一方、桑名市教育委員会の解説は藩主が日本随一の鳥居を志して造らせたという書き方で、桑名市の観光ページは東海道随一としています。どれを採るべきかは確かめられていないため、規模については当サイトとして断定せず、栞の記述であることを示す形で紹介しています。
この節の確認に使った資料
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの福
- 神明神社(尾平町)(除の福・約13.6km)
- 保曽井神社(曽井城の氏神)(除の福・約14.2km)
- 二見興玉神社(夫婦岩)(縁の福・約62.5km)
- 伊勢神宮 外宮(豊受大神宮)(金の福・約64.4km)
参考・出典
- 神社について
桑名宗社(春日神社)(公式) - 刀 村正・正重が県指定文化財に指定されました
桑名宗社(春日神社)(公式) - 宝刀 村正
桑名宗社(春日神社)(公式) - ご祈祷・お祓い
桑名宗社(春日神社)(公式) - 桑名宗社(春日神社)
桑名市(観光サイト) - ぶらり東海道の旅(青銅の鳥居・しるべ石)
桑名市(観光サイト) - 銅鳥居
桑名市教育委員会 文化財ホームページ - 桑名石取祭の祭車行事
文化庁 文化遺産オンライン - 「山・鉾・屋台行事」のユネスコ無形文化遺産登録(代表一覧表記載)について
文化庁 - 中臣神社
三重県神社庁教化委員会 - 現地説明板「春日神社の銅鳥居/しるべいし」
桑名市教育委員会(現地掲示・2026-08-28 撮影確認) - 現地解説「三重県指定有形文化財 太刀 村正・正重」
桑名宗社(現地掲示・桑名西ロータリークラブ設置・2026-08-28 撮影確認) - 桑名宗社(春日神社)の栞
桑名宗社(春日神社)(授与所配布・2026-08-28 撮影確認)