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能褒野神社(能褒野墓)|どんな福が宿る場所か

自治体史・公的アーカイブ・寺社の公式由緒等、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-10-13

三重県亀山市田村町に鎮座する神社です。境内の掲示によると、御祭神は倭建命(日本武尊)・建貝児王・弟橘比売命ほか三十柱です。沿革は、明治12年に宮内省が同地の丁字塚古墳(一名、王塚)を日本書紀が記す日本武尊の能褒野陵(『延喜式』諸陵寮の能褒野墓)と決定したことから始まり、明治16年に神宮祭主の久邇宮朝彦親王が社号を選び、明治28年に神社の創立が終わって御鎮座祭が行われたと記しています。

神社のそばの能褒野墓(能褒野王塚古墳)には、宮内庁の制札「景行天皇皇子日本武尊 能褒野墓」が立っています。政府の答弁書は、この墓の治定を1879年10月31日としています。國學院大學の地名データベースは、古墳名や町名の「能褒野」という呼び名はこの治定にならったもので、墓の比定地は近世以来今日までなお諸説あると記しています。拝殿の西の参道には「連理の榊」の説明板があり、二株の榊が高さ三メートル余りの所で互いの小枝を差しのべた形で連なっていると記しています。

能褒野神社(能褒野墓)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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2026年10月13日に参拝しました。参道の手前に「車の進入禁止」の掲示があり、駐車場は5台ほどです。社務所はありますが常駐の方はおらず、御朱印はありません。能褒野墓へは、本殿を出て鳥居を左へ、すぐ右へ曲がって降りると数分で、途中に王塚古墳の看板と宮内庁の飛地の標柱があります。

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参考・出典

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