野宮神社(嵯峨野)|どんな福が宿る場所か
野宮神社は、嵯峨野の竹林の小径に接する、黒木鳥居と小柴垣で知られる神社です。御祭神は野宮大神で、公式の案内では天照皇大神とされています。平安時代、伊勢神宮へ向かう斎王が身を清めた「野宮」に由来し、その様子は『源氏物語』の「賢木の巻」にも描かれています。神社の由緒によると、野宮の場所は天皇の即位ごとに定められ、現在の神社の場所は嵯峨天皇の皇女・仁子内親王の時に初めて使われたとされています。
今日では縁結びや子宝安産の信仰で知られ、境内の野宮大黒天は良縁結婚、白福稲荷大明神は子宝安産などの祈願先として案内されています。大黒天のそばには、なでて祈る神石「お亀石」があります。

近くの福
- 虚空蔵法輪寺(嵯峨の虚空蔵さん)(学の福・約882m)
- 車折神社(縁の福・約1.4km)
- 松尾大社 亀の井(日本第一酒造神の霊泉)(水の福・約2.2km)
- 梅宮大社(うめのみやたいしゃ)(縁の福・約2.4km)
この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
押すと、同じ願いごとが伝わる場所を地図で探せます。
時のながれ
- 平安時代初め(社伝) — 神社の由緒は、仁子内親王の時に現在の神社の場所が野宮として初めて使われたと伝えています。
- 後醍醐天皇の時代から南北朝の戦乱 — 斎王制度が廃絶した後も神社として存続したと、神社の由緒に記されています。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
神社は黒木鳥居を樹皮を残したクヌギ、小柴垣をクロモジの木で作ると説明しています。「古い様式を伝える」という説明と、現在の木材が平安時代から残るという話は別です。『源氏物語』との関係について、きょうと修学旅行ナビは光源氏が六条御息所を訪れる場面を紹介しています。一方、野宮にこもる期間は同ナビが3年間、京都観光Naviの神社紹介が1年間と記しており、両案内が指す期間の違いまでは確認できていません。どちらかを制度全体の確定した年数とはしていません。
この稿のための現地確認は行っていません。鳥居や垣の現在の材の状態、お亀石の位置と参拝動線は現地で確認していません。
この節の確認に使った資料
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この福を掘り下げた記事
参考・出典
5件出典に基づいて掲載しています
- 野宮神社の由来
野宮神社 - 野宮神社
野宮神社 - 野宮神社|きょうと修学旅行ナビ
京都市・京都観光推進協議会(きょうと修学旅行ナビ) - 野宮神社|京都観光Navi
京都市観光協会 - 竹林の小径
京都市観光協会
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録しています。
- :参考・出典の「きょうと修学旅行ナビ」の発行元を「京都市観光協会」から、ページの奥付どおり「京都市・京都観光推進協議会(きょうと修学旅行ナビ)」に改めました。
この場所について
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