金運・商売繁盛の福
「勝ちダルマは願いを叶えてくれません」— 勝尾寺が公式に書いていること
大阪・箕面の勝尾寺(かつおうじ)。勝ちダルマが並ぶ光景で知られています。
私はずっと、あれを縁起物だと思っていました。買って、飾って、願いが叶うのを待つもの。
寺の公式サイトを読んで、認識を全部入れ替えました。
そこには、こう書いてあります。
勝尾寺のダルマは願いを叶えてくれる存在ではありません。
「勝つ」の意味が違った
まず、この寺の言う「勝つ」から確認します。
勝尾寺では「勝つ」とは他者を打ち負かすことではなく、「自分と向き合い、自分の弱い心に打ち勝つ」という意味に捉えています
そして、ダルマの役割。
願い事を書き、片目を入れる事で「自分と向き合い、自分の弱い心に打ち勝つ」という自己誓約書にサインをするのです。そして、その願い事に向け、1日1日を悔いなく過ごし、全力を尽くすことで初めて願いが叶うのです
自己誓約書。
ダルマは、願いを預ける先ではなく、自分が署名した契約書でした。
目入れの作法が、ほぼ目標管理でした
公式サイトには、勝ちダルマの目入れ作法が8段階で示されています。読んでいて驚きました。
| # | やること |
|---|---|
| 1 | 自分が「ご縁」と感じたダルマを選ぶ |
| 2 | 人生の目的を、ダルマの底面に書く |
| 3 | その目的のために365日後に達成したい目標を、背中に書く |
| 4 | 願いに関わる人やモノへの感謝を、お線香に念じ込める |
| 5 | 煙となった感謝を、ダルマに染み込ませる |
| 6 | 目標達成の努力を誓うサイン(署名)を右目に入れ、最後に黒く塗りつぶす |
| 7 | 「いのちの砂時計」カレンダーで、その日の自己総括を行う |
| 8 | 本堂で結果を報告し、感謝とともにダルマ棚へ奉納する |
目的と目標を分けて書かせています。
目的(人生で何を目指すか)を底に。目標(365日後の到達点)を背中に。これはビジネス書に出てくる目標設定そのものです。
そして6番。
誓いの署名を、右目のところに書く。そのうえで、黒く塗りつぶす。
署名して、封をする。開運のために目を入れるのではなく、自分との契約を締結する動作でした。
「いのちの砂時計」というカレンダー
さらに驚いたのが、7番に出てくる「いのちの砂時計」カレンダーです。公式サイトから、そのまま引きます。
人生は砂時計のようなもの。この世に生まれ出たその瞬間から、私の『いのちの砂』は落ち続けている。しかし、私は、その砂に触れることも、増やすことも、更には、その残量を知ることすら許されていない。
だからこそ、私は、二度と戻ってくることのない『今日という日』に全力を尽くし、限りある『私のいのち』を生き抜くことを誓います。
使い方はこうです。
一日の終わりに、その日を振り返り「今日を生き切った」と自己評価できれば〇を黒く塗りつぶし、それ以外の場合、〇は空白のままにしてください。
私は、残された生涯で、あといくつの〇を、与えていただけるのであろうか。
一日ごとに、丸を塗るか、空けるか。
これは habit tracker(習慣記録)です。 それも、寺が配っている。公式サイトでPDFがダウンロードできます。
「オカルトは好きだが、現実的にも納得したい」——福跡マップはそういう読者を想定して書いています。勝ちダルマは、その両方が完全に一致している珍しい例でした。
寺の名前も、遠慮の産物だった
由緒も面白いので書いておきます。公式サイトによれば、寺の始まりは神亀4年(727年)、善仲・善算という双子の僧が霊山に草庵を構えたことにさかのぼります。
そして平安時代。
当山の6代目座主であった行巡上人が、病に臥せっておられた帝の玉体安穏を祈ったところ、その著しい効験に感銘を受けられた清和帝自らが「この寺の持つ法力は、この国を治める王(帝)である私に勝った」として、王に勝った寺、勝王寺(かつ・おう・じ)と命名されました
天皇が自分から「この寺は私に勝った」と言って、名前を与えた。
ところが——
しかし、寺側は「王に勝つ」などは余りにも畏れ多いとし、「王」の字を「尾」に差し替え、呼び名はそのまま勝尾寺(かつ・おう・じ)と称するようになりました
字だけ変えて、読みは変えなかった。
「かつおうじ」のまま。恐れ多いから漢字を差し替えたけれど、天皇からいただいた音は手放さなかった。この落としどころ、見事だと思います。
以来、源氏・足利・豊臣・徳川将軍家といった時代の覇者から、農民や商人まで幅広い信仰を集めました。公式サイトは現在の参拝理由として、仕事・商売・受験・病気・スポーツ・芸事・選挙・対人関係・恋愛を挙げています。
選挙が入っているのが、実にこの寺らしい。
箕面は、滝から始まった土地です
勝尾寺のある箕面市には、もう二つ、このサイトで扱っているスポットがあります。
まず箕面大滝。箕面公園の公式サイトによれば、落差33メートル、「日本の滝百選」に選ばれた名瀑です。
名前の由来は、流れ落ちる姿が農具の「箕(み)」に似ているから、と公式は説明しています(ただし「水尾(みお)」が転じたという説もあり、諸説あります)。
つまり「箕面」という地名は、この滝から来ているわけです。
そして瀧安寺の寺伝によれば、658年に役行者(えんのぎょうじゃ)がこの滝で修行し、箕面寺(現在の瀧安寺)を開いたと伝わります。史実として確定した話ではありませんが、箕面山が古くから山岳修験の場だったことは、複数の資料が一致して伝えています。
滝が先にあって、寺も地名もあとから来た。 土地の成り立ちとしては、とても素直です。
「確実な文献はない」と、公式が書いている社
もう一つ、麓の氏神を。阿比太神社(あびたじんじゃ)です。
延喜式神名帳に載る式内社で、御祭神は素盞嗚尊。江戸期には牛頭天王と呼ばれ、厄除の信仰で知られてきました。境内の鎮守の森は箕面市の指定保護樹林です。
創建は社伝で応神天皇の御代とされますが、神社の公式サイト自身が「確実な文献はない」と明記しています。
このサイトでは何度もこの型に出会いました。高津宮の縁切坂・相合坂も、難波神社の楠も、公式に記載がないことをそのまま書いてきました。
書ける範囲を自分で線引きしている社は、信用できます。 千七百年前だと言い切ってしまえば済むところを、そうしない。
願いは、預けるものではなかった
まとめます。
勝尾寺は「勝つ」を自分に勝つことと定義し、ダルマを自己誓約書と位置づけ、一日ごとに丸を塗るカレンダーまで配っています。
寺の名前は、天皇から「私に勝った」と言われて付いたのに、畏れ多いとして字を変えました。
勝運の寺なのに、全体に遠慮と自律が通っている。 そこが、この寺のいちばん面白いところだと思います。
場所とデータは勝尾寺、箕面大滝、阿比太神社の各ページにまとめています。
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