神社の教養
新嘗祭とは — 11月23日に新穀を供える祭りと、勤労感謝の日になった経緯
新嘗祭は、その年にとれた新穀を神々に供えて収穫に感謝するお祭りで、11月23日に宮中と全国の神社で行われます。11月23日は昭和22年までは「新嘗祭」という名の休日で、昭和23年の祝日法が同じ日を勤労感謝の日と定めましたが、条文に新嘗祭の語はありません。
新嘗祭(にいなめさい)とは、その年にとれた新穀を神々にお供えして、収穫に感謝するお祭りです。日付は11月23日。宮中では天皇陛下が行われ、あわせて全国の神社でも行われます。そして1947年(昭和22年)までは、同じ11月23日が「新嘗祭」という名前の休日でした。いまの勤労感謝の日は、その翌年にできた法律が、同じ日に置いた祝日です。
出典は宮内庁・神社本庁・内閣府・国立国会図書館・神宮(伊勢神宮)の公式資料です(2026年9月15日確認)。
新嘗祭とは、どんなお祭りか
まず、名前の意味からです。
神宮(伊勢神宮)の公式サイトは、字の一つずつを次のように説明しています。
「新」は新穀を「嘗」はお召し上がりいただくことを意味し、収穫された新穀を神に奉り、その恵みに感謝し、国家安泰、国民の繁栄をお祈りします。
読み方は「にいなめさい」が一般的ですが、同じページは「しんじょうさい」とも読むと添えています。
宮中で何が行われるかは、宮内庁の「主要祭儀一覧」に一行で記されています。11月23日の欄です。
天皇陛下が、神嘉殿において新穀を皇祖はじめ神々にお供えになって、神恩を感謝された後、陛下自らもお召し上がりになる祭典。
同じ欄には「宮中恒例祭典の中の最も重要なもの」「天皇陛下自らご栽培になった新穀もお供えになる」とも続きます。神嘉殿(しんかでん)は皇居の中にあるお社で、宮内庁の一覧では四方拝や大祓の場所としても出てきます。
お供えして終わりではなく、供えたものを自らも召し上がる。 ここが新嘗祭のかたちです。神社本庁は、この「神と人が同じものをいただく」考え方を神人共食(しんじんきょうしょく)と呼び、お祭りのあとの直会(なおらい)の根本にあるものだと説明しています。

そして、宮中だけの話ではありません。神社本庁の恒例祭のページは、こう記しています。
宮中では、天皇陛下が天照大御神をはじめ神々に新穀をお供えし、神々と共にご自身もお召し上がりになります。
これにあわせて全国の神社で新穀の収穫を感謝するお祭りが行われます。
神社本庁は、神社で行うお祭りを大祭・中祭・小祭・諸祭に分けており、新嘗祭は例祭・祈年祭とならぶ大祭に挙げられています。神社にとって、年に数えるほどしかない重いお祭りの一つ、という位置づけです。
いつ行われるのか
日付は11月23日です。宮内庁の主要祭儀一覧、神社本庁の恒例祭のページ、神宮の年間行事、どれも11月23日で一致しています。
なぜ11月の下旬なのか。神宮の公式サイトには、こうあります。
収穫感謝のお祭りが11月下旬に行われるのは全国各地での収穫が終了する時期に、御親祭を行われたためと考えられています。
神宮での新嘗祭は、外宮(豊受大神宮)で大御饌(おおみけ)と奉幣(ほうへい)、続いて内宮(皇大神宮)でも同じ順に行われ、両正宮のあとも11月29日まで、すべての宮社で続くと年間行事の案内に記されています。時刻まで公開されていますので、その年の日程は神宮の公式サイトでご確認ください。

ひとつ、意外なことがあります。神宮の新嘗祭は、そんなに古い行事ではありません。
神宮では神嘗祭で新穀が奉られるため、新嘗祭はありませんでしたが、明治5年に勅使が差遣されて行われたのが始まりです。
10月にすでに新穀を奉っているのだから、11月に重ねて行う必要がなかった、ということです。理屈が通っていて、少し面白いところです。
勤労感謝の日との関係
いまの祝日の根拠は「国民の祝日に関する法律」(昭和23年法律第178号)です。 国立国会図書館の日本法令索引では、公布は昭和23年7月20日です。内閣府の解説では、同年7月5日に成立し、7月20日に公布・施行されたと記されています。
この法律が定める勤労感謝の日は、次のとおりです。
| 名称 | 日付 | 趣旨(内閣府掲載の条文より) |
|---|---|---|
| 勤労感謝の日 | 11月23日 | 勤労をたっとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう。 |
条文に「新嘗祭」という語は見当たりません。 趣旨として書かれているのは、上の一行だけです。
では、その前はどうだったのか。内閣府の「祝日法制定の経緯」のページに、注として詳しく載っています。祝日法ができる前は、昭和2年勅令第25号によって年間11の祝祭日が休日とされていました。その一覧に、こうあります。
神嘗祭(10月17日)、新嘗祭(11月23日)
つまり、11月23日という日付そのものは、勤労感謝の日になる前から休日でした。名前が「新嘗祭」だったのです。
この勅令は、日本国憲法の施行に伴う法律によって昭和22年12月31日かぎりで効力を失ったと考えられる、と内閣府は記しています。そして祝日法の附則によって正式に廃止されました。国立国会図書館の日本法令索引でも、祝日法の「被改正法令」欄に、休日ニ関スル件(昭和2年3月4日勅令第25号)が廃止されたものとして挙げられています。

祝日を選ぶとき、何を基準にしたのかも残っています。内閣府によれば、衆議院の小川半次文化委員長は法案の提案理由説明で、二つの基準を挙げました。
「新憲法の趣旨に副(そ)うべきこと」及び「国民大衆をあげて容易に納得し、参加し得べきもの」
半年以上にわたる国会の審議と、新聞・ラジオを通じた意見募集、世論調査を経て決まった、とも記されています。
ここまでが、公的資料で確かめられる範囲です。同じ日付が引き継がれたことと、条文に新嘗祭の語が置かれなかったこと。この二つは、どちらも記録として残っています。 「勤労感謝の日は新嘗祭の言いかえである」とまで記した公的資料は、確かめた範囲にはありません。
なお、宮中の新嘗祭も、全国の神社の新嘗祭も、いまも11月23日に行われています。祝日の名前が変わったあとも、お祭りのほうは続いている、ということです。
神嘗祭との違い
新嘗祭とよく並べて検索されるのが、神嘗祭(かんなめさい)です。字も似ていて、どちらも新穀のお祭りですので、混ざりやすいところです。
公式資料に沿って並べると、こうなります。
| 神嘗祭(かんなめさい) | 新嘗祭(にいなめさい) | |
|---|---|---|
| 日付 | 10月17日 | 11月23日 |
| 中心になる場所 | 神宮(伊勢) | 宮中と、全国の神社 |
| 宮中では | 賢所に新穀をお供えになる神恩感謝の祭典。この朝、天皇陛下は神嘉殿において伊勢の神宮をご遙拝になる | 神嘉殿において新穀をお供えになり、陛下自らもお召し上がりになる祭典 |
| 全国の神社では | 神嘗奉祝祭(10月17日) | 新嘗祭(11月23日) |
宮中の欄は、宮内庁の主要祭儀一覧の記述によります。全国の神社の欄は、神社本庁の恒例祭のページによります。神社本庁は神嘗奉祝祭を、天照大御神に新穀を奉る神嘗祭が神宮で行われるのにあわせて各神社で行う奉祝のお祭り、と説明しています。
順番の意味を、神宮の公式サイトがひとことでまとめています。
このように神嘗祭は、諸神に先立ち収穫の感謝を天照大御神に捧げ、翌11月に天皇陛下は新嘗祭を行われて天神地祇すべての神々に収穫を感謝されるのです。
まず10月に伊勢へ、次に11月に神々全体へ。 順番がそのまま意味になっている、という並びです。
神嘗祭は神宮の年間およそ1500回のお祭りの中でも最も重要なものとされ、明治の改暦より前は9月に行われていた、とも同じページに記されています。

一般の参拝者は、何をすればいいのか
一般の参拝者に何かを求める決まりは、確認した公的資料には見当たりませんでした。
神社本庁の公式サイトにも、新嘗祭の日に参拝者がすべきこと、控えるべきことを定めた説明は見つかりません(2026年9月15日確認)。書かれているのは、全国の神社で新穀の収穫に感謝するお祭りが行われる、ということまでです。
できることとして確かめられるのは、この三つくらいです。
- 近くの神社の案内を見る。 新嘗祭を行うかどうか、参列できるかどうかは神社ごとに違います。日程や参列の方法は、その年の公式案内でご確認ください。
- いつもどおりに参拝する。 特別な作法が定められている様子は見当たりませんでした。基本の流れは参拝の基本作法にまとめてあります。
- 新米をいただく日にしてみる。 これは決まりではありませんが、新嘗祭の中心にあるのは、供えたものを共にいただくという考え方です。神社本庁は直会について「神々の恩頼を戴くことができる」という考え方を紹介しています。

三つめについては、少し補足させてください。新嘗祭に「これをしなければならない」という約束事は見当たりませんでした。ただ、その年にとれたお米を、ありがたく食べる日。そう受け取ることは、祭りの中身とずれていないはずです。勤労感謝の日という名前のほうも、生産を祝う日として定められています。11月23日の食卓に、新米が一膳あると良いですね。
大阪に、千年前の「新嘗」が残る社
いまの箕面市に、阿比太神社という式内社(延喜式神名帳に名の載る古い社)があります。神社の公式サイトの由緒には、こう記されています。
延喜式神名帳には大、月次、新嘗の際に案上の官幣を賜わった大社であることが記されている。
延喜式神名帳は、延長5年(927年)に編まれた朝廷の台帳です。そこに「月次(つきなみ)・新嘗のときに幣帛をいただく社」として名が載っている。つまり千年以上前の記録の中に、この土地の社と新嘗祭のつながりが残っている、ということになります。
11月23日という日付が新しいものでも、祭りの古さは別の資料が語ってくれます。近所の神社の由緒書きに「月次新嘗」の四文字が見つかることも、ときどきあります。
箕面の阿比太神社では、公式の年中行事表に11月23日の「新嘗祭・もみじ祭」が載っています。ただし、これは例年の行事の案内です。2026年の開始時刻や一般の方の参列方法は、今回確認した資料だけでは分かりませんでした。参拝することと、祭典に参列すること、個別の祈祷を受けることは分けて予定を立てると安心です。通常の祈祷は9〜16時・予約が必要と案内されています。(2026年9月30日確認)
参考——日付の一覧
| 事柄 | 日付 | 出典 |
|---|---|---|
| 新嘗祭(宮中・全国の神社) | 11月23日 | 宮内庁・神社本庁 |
| 神嘗祭(宮中) | 10月17日 | 宮内庁 |
| 神嘗奉祝祭(全国の神社) | 10月17日 | 神社本庁 |
| 祈年祭(全国の神社) | 2月17日 | 神社本庁 |
| 国民の祝日に関する法律の公布 | 昭和23年7月20日 | 国立国会図書館・内閣府 |
| 勤労感謝の日 | 11月23日 | 内閣府 |
季節の行事と神社の関係については、夏ならお盆に神社へ行ってはいけない?、冬至なら一陽来復とは、年明けなら初詣はどの神社に行けばいい?へどうぞ。
おわりに
いちばん腑に落ちるのは、神宮の公式サイトにある「神嘗祭で新穀が奉られるため、新嘗祭はありませんでした」という一行です。
もう感謝したのだから、重ねなくてよい。そういう素っ気ないほどの合理が、千年以上続いてきた行事の内側にちゃんと残っています。11月23日が休みなのはなぜか、という問いから入ると、稲の一年と、明治の改暦と、戦後の国会審議まで地続きにつながっていく。調べ甲斐のある日です。
今年の11月23日、近くの神社でのぼりが立っていたら、それはたぶん新嘗祭です。
全国の、福が伝えられている場所を地図で探せます。→ 福跡マップで見てみる
この記事の場所のそばにある福
- 伊居太神社(穴織宮・上の宮さん)(阿比太神社 から 約2.9km)
阿比太神社の周りに、ほかにどんな福があるでしょうか。
阿比太神社のまわりをひらく →参考・出典
12件出典に基づいて掲載しています
- 主要祭儀一覧 – 宮内庁
kunaicho.go.jp - 恒例祭 | おまつりする | 神社本庁公式サイト
jinjahoncho.or.jp - 神社のお祭りとは | おまつりする | 神社本庁公式サイト
jinjahoncho.or.jp - 直会 | おまつりする | 神社本庁公式サイト
jinjahoncho.or.jp - 国民の祝日について - 内閣府
www8.cao.go.jp - 各「国民の祝日」について (参考情報)祝日法制定の経緯 - 内閣府
www8.cao.go.jp - 国民の祝日に関する法律 昭和23年7月20日法律第178号 | 日本法令索引
hourei.ndl.go.jp - 祈年祭・新嘗祭|年間行事|祭典と催し|伊勢神宮
isejingu.or.jp - 神嘗祭|年間行事|祭典と催し|伊勢神宮
isejingu.or.jp - 大阪箕面市の神社 七五三等各種祈祷、ご朱印受付|阿比太神社【公式】 » 阿比太神社について
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