全興寺(せんこうじ・地獄堂とほとけのくに)|どんな福が宿る場所か

環濠都市・平野郷の細い路地の奥に建つ高野山真言宗の寺院。飛鳥時代に聖徳太子がこの地に仏堂を建て、薬師如来像を安置したのが起源と伝わります。本尊の薬師如来は秘仏で、1月8日と十五夜にのみ開帳されます。境内には閻魔大王を祀る地獄堂と、151体の石仏に囲まれた地下の瞑想空間「ほとけのくに」があり、地獄と極楽をあわせて巡る参拝路として親しまれています。
時のながれ
- 飛鳥時代 — 聖徳太子が野原であったこの地に仏堂を建て、薬師如来像を安置したのが起源と伝わる
- 1661年 — 1615年の大坂夏の陣で一部を焼失した本堂が再建される(寺の公式縁起による)
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近くの福
- 赤留比売命神社(三十歩神社)(除の福・約323m)
- 杭全神社(くまたじんじゃ・本社)(金の福・約599m)
- 杭全神社の御神木(大楠・くすのき社)(木の福・約613m)
- 式内楯原神社(しきないたてはらじんじゃ)(縁の福・約1.2km)
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この福を掘り下げた記事
参考・出典
5件出典に基づいて掲載しています
- 全興寺 公式サイト
全興寺(公式) - 縁起(全興寺公式サイト)
全興寺(公式) - 本尊(全興寺公式サイト)
全興寺(公式) - ほとけのくに(全興寺公式サイト)
全興寺(公式) - 平野コース(約4.8キロメートル)(平野区の紹介>区の歴史・魅力)
大阪市平野区(公式)
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録しています。
- :年表の「天正4年(1576年)現在の本堂が建てられる」を、寺の公式の縁起どおり「1661年、大坂夏の陣で一部を焼失した本堂が再建される」に改めました。紹介文の石仏の数を「約160体」から公式どおり「151体」に改め、参考・出典の大阪市平野区のページの表題を実際のものに合わせました。
- :参考・出典からWikipediaを外し、寺の公式サイトの縁起・本尊・ほとけのくにのページを加えました。年表の「平成元年(1989年)閻魔大王を祀る地獄堂が設けられる」は、寺の公式サイトと大阪市の資料で確かめられなかったため削りました。
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