湯島天満宮(湯島天神)|どんな福が宿る場所か
湯島天満宮は、天之手力雄命と菅原道真公を祀る神社です。神社公式の縁起では雄略天皇2年(458)の創建と伝えられ、正平10年(1355)に地域の人々が菅原道真公を合祀したとされています。文京区も、菅原道真公を祀ることから学問の神様として広く知られると案内しています。
境内で現在確認できる歴史資料の一つが、表参道に立つ銅製の鳥居です。文京区の文化財一覧では「湯島天満宮表鳥居」として1970年8月3日に東京都指定有形文化財となったことを確認できます。また、境内には迷子を探すための情報を託したとされる奇縁氷人石や、泉鏡花『婦系図』に関わる筆塚・記念碑もあると文京区は紹介しています。受験期の参拝で知られます。ここでは学問信仰と境内に残る資料を記録します。

近くの福
- 神田明神(神田神社)(金の福・約649m)
- 湯島聖堂(史跡・孔子廟)(学の福・約736m)
- 根津神社(根津権現)(除の福・約1.6km)
- 東京大神宮(縁の福・約2.1km)
この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
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時のながれ
- 雄略天皇2年(458・伝承) — 勅命により創建され、天之手力雄命を祀ったのが始まりと神社公式の縁起は伝えます。
- 正平10年(1355・伝承) — 地域の人々が菅原道真公の徳を慕い、文道の祖として本社へ合祀したと神社公式の由緒に記されています。
- 文明10年(1478) — 太田道灌が社を再建したと神社公式と文京区の案内が伝えます。
- 天正18年(1590) — 徳川家康が江戸入府に伴い朱印地(5石)を寄進したと神社公式の由緒に記されています。
- 元禄16年〜宝永元年(1703〜1704) — 火災で社殿が全焼し、翌年、徳川綱吉が金五百両を寄進したと、以前の神社公式の縁起ページは記していました。現在の公式「由緒・歴史」ページにはこの記述がありません(2026年9月28日確認)。
- 昭和45年(1970) — 8月3日、表参道の銅鳥居が東京都指定有形文化財となりました。
- 平成7年(1995) — 老朽化した社殿に代わり、総檜造りの現在の社殿が完成したと神社公式が記しています。
このページで確かめたこと
資料照合/未解決
湯島天満宮公式と文京区は、458年の創建をいずれも史実の断定ではなく『伝えられる』出来事として扱っています。神社公式の由緒・歴史ページは1355年の菅原道真公合祀、1478年の再建、1590年の朱印地(5石)寄進、1995年の社殿造営までを記し(1703年の火災と翌年の綱吉の寄進は以前の縁起ページのみに記されていました)、文京区は銅鳥居・奇縁氷人石・富くじ・『婦系図』との関係を補います。
徳川家康の寄進は、文京区が『神領五石』、神社公式が『朱印地(5石)』と記し、石高は一致しています。年は神社公式だけが示し、現在の由緒・歴史ページは天正18年(1590)、以前の公式縁起ページは翌19年(1591)11月と記していました(2026年9月28日確認)。今回確認した文京区の文化財一覧で確定できるのは銅鳥居の指定日で、鳥居そのものの建立年は同ページからは確定できません。現地取材は未実施です。
この節の確認に使った資料
参考・出典
3件出典に基づいて掲載しています
- 由緒・歴史
湯島天満宮(公式・一次) - 湯島天満宮(湯島天神)
文京区(自治体・一次) - 都指定文化財
文京区(自治体・一次)
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録しています。
- :神社公式の現在の「由緒・歴史」ページに合わせ、年表の朱印地の寄進を天正19年(1591)から天正18年(1590)に改め、元禄の火災と綱吉の寄進の項は以前の公式縁起ページの記述であることを明記しました。「このページで確かめたこと」の要約と家康の寄進の比較も書き直し、参考・出典の公式ページを現在の由緒ページに差し替えました。
- :紹介文と年表で、正平10年(1355)に菅原道真公を「勧請した」としていたのを、神社公式の由緒・歴史ページの「菅原道真公を合祀して以来」に合わせて「合祀した」に改めました。年表の典拠の書き方も「神社公式の由緒」に改めました。
この場所について
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