厄除け・方位の福
方角が悪いなら、いったん別の方向へ — 堺・方違神社と「方違え」の理屈
出かける方角が良くないときに、一度別の方向へ向かってから出かける「方違い」という風習がありました。堺の方違神社は摂津・河内・和泉の三国の境にあり、「どの国にも属さない、方位のない清地」とされ、方除祈願で知られる社です。
引っ越し先の方角が悪い、と言われたことはありませんか。
平安時代の人は、これを本気で気にしていました。そして回避する方法を編み出していました。
大阪観光局の公式サイトによる説明を引きます。
出かけなければならない方向が良くない時に、一度別方向に向かってから出かける方違い(かたたがい)の風習
いったん、よその方角へ向かい、そこから目的地へ出かける。最初に進む方向を変えることで、「悪い方角へ直接向かう」形を避けるわけです。

理屈としては、かなり強引です。でも、そのために社が建ち、千年以上まもられてきた。
その社が、堺にあります。
「方位のない土地」という発想
方違神社(ほうちがいじんじゃ)が特別なのは、立っている場所です。
大阪観光局の公式サイトによれば、この社は摂津・河内・和泉の三国の境——「三国山」と呼ばれた地(現在の三国ヶ丘)にあります。
そして、こう説明されます。
どの国にも属さない、方位のない清地
ここが肝心です。
三つの国のちょうど境目なので、どの国から見ても「うちの国」ではない。所属がないから、方角も定まらない。方角が定まらないなら、方角の吉凶も効かない。
大阪観光局は、方位のない清地として、方災除けの神として信仰を集めてきたと紹介しています。

方位を打ち消すために、方位のない場所を用意した。 私はこの発想を知ったとき、感心しました。ルールの外側に立つ場所を、地理のほうから見つけてきたわけです。
堺観光ガイドも「方位のない清地とされ、方除祈願で知られています」「そのような時にお参りする全国でも珍しい神社」と紹介しています。
熊野詣の人が立ち寄ったと伝わる社
立地の意味は、もう一つあります。
大阪観光局の公式サイトによれば、この地は奈良時代には人馬往来の要衝で、平安時代には熊野への参詣者が必ず立ち寄り、旅の安全を祈ったといわれます。

熊野詣は、都から南へ向かう長い旅でした。その途上に、方位の災いを祓える社がある。
旅の入口で、方角の不安を降ろしてから行く。 参詣者にとって、これはかなり実用的なサービスだったはずです。
持ち帰るのは、砂と粽
この社で授かるものも、少し変わっています。
堺観光ガイドによれば、清めの御砂(おすな)と方災除の粽(ちまき)が知られています。
境内の土や砂そのものが、悪い方位を祓うものとされてきました(大阪観光局公式)。新築の地鎮に撒く、部屋の隅に置くといった使われ方をします。
土地の力を、土ごと持ち帰る。 「その場所の物質を持ち帰る」形の信仰は、水(玉出の滝、亀井の水)に多く、砂は珍しい例です。
そして粽。
両公式サイトによれば、毎年5月31日の「ちまき祭」では、故事にならって菰(こも)の葉で包んだ粽を御神前に奉納する神事が行われます。

天然記念物の木がある
もう一つ、あまり知られていないものを。
堺観光ガイドによれば、旧境内地にはくろがねもちの巨樹があります。暖かい地域に多い常緑樹で、堺市内の40本を超える大木のなかで径・幹周が最も大きく、大阪府の指定天然記念物です。
堺市の文化財の案内では、この木の所在地は北三国ヶ丘町3丁(神社は2丁)、所有者は堺市で、かつては方違神社の参道脇にあったと説明されています。
楠の巨樹(杭全神社の大楠、難波神社の楠)に比べると、くろがねもちの巨樹は珍しい。名前も「金持ち」に通じるとして縁起木にされることがあります。
9月中旬には、ふとん太鼓の秋祭りも行われます。
今、どう使えばいいか
大阪観光局が紹介する方違いは、いったん別方向へ向かってから目的地へ出かける風習です。現代にどう取り入れるかは人それぞれですが、方角が気になるときにこの社へ参るという形は、いまも続いています。
現実的には、こうなります。
- 家を建てる・引っ越す — 方位が気になるなら、着工・転居の前に参拝する
- 遠くへ行く — 熊野詣の人がそうしたように、出発前に
- 方角の話が気になって仕方ない — 一度お参りして、区切りをつける
三つ目は、半分冗談で、半分本気です。気にしはじめると止まらないのが方位です。千年前から、みんなそうでした。だからこそ、それを引き受ける社が必要とされ、いまも人が来ている。
そもそも自宅から見てどちらが鬼門(北東)なのか。そこが曖昧なまま気にしていることも多いので、鬼門の調べ方の地図で一度あたりをつけておくと、話が早いです。
方角は、まだ生きている
初詣の歴史をたどると、面白いことが見えてきます(初詣はいつまで?)。
江戸時代まで、正月のお参りは「恵方(その年の吉方位)」で行き先を決めていました。 鉄道ができて、どこへでも行けるようになって、その決まりが消えた。
恵方は、いま節分の恵方巻きに残っています。
方位で行動を決める感覚は、百五十年前まで日本人の当たり前でした。それが完全に消えたわけではなく、引っ越しのとき、家を建てるとき、ふと戻ってくる。
方違神社は、その感覚がまだ生きていることの証拠のような場所です。
場所とデータは方違神社のページにまとめています。南海高野線の堺東駅から歩いて数分、仁徳天皇陵古墳にも近い立地です。
全国の、福が伝えられている場所を地図で探せます。→ 福跡マップで見てみる
この記事の場所のそばにある福
- 開口神社(あぐちじんじゃ・大寺さん)(方違神社 から 約1.4km)
方違神社の周りに、ほかにどんな福があるでしょうか。
方違神社のまわりをひらく →参考・出典
3件出典に基づいて掲載しています
- 方違神社(堺市)の方災除け・厄除け祈願|アクセス・歴史|OSAKA-INFO
osaka-info.jp - 方違神社|スポット|堺観光ガイド
sakai-tcb.or.jp - city.sakai.lg.jp
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録しています。
- :本文の説明の文を3か所、削るか短く改めました。由緒・年代・出典・引用の内容は変えていません。
- :熊野への参詣者についての見出しを、言い伝えであることが分かる「熊野詣の人が立ち寄ったと伝わる社」に改めました。また「だから、ここでお祓いを受ければ方位の災いが消える。」という断定の文を、大阪観光局が方位のない清地として方災除けの神として信仰を集めてきたと紹介している、という文に改めました。あわせて、くろがねもちの所在地と所有者について堺市の文化財の案内を書き足し、出典に加えました。
- :冒頭の紹介文の「方位そのものを無効化するという発想」を、出典の書き方に合わせて「どの国にも属さない「方位のない清地」とされること」に改めました。
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