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神社の教養

「文楽」という名は、この境内から生まれた — 難波神社と御神木の楠

2026-07-29 | 執筆・編集:福跡マップ編集部

「文楽」は、人の名前から来ています。

大阪観光局の公式サイトによれば、植村文楽軒(うえむらぶんらくけん)が1811年(文化8年)に難波神社の境内で人形浄瑠璃の小屋を開きました

その文楽軒の名が座の名になり、やがて人形浄瑠璃という芸能そのものの呼び名になりました。いまも国立文楽劇場という名で残っています。

その始まりの場所が、大阪・心斎橋のオフィス街にある神社の境内でした。

文楽は、神社の境内を渡り歩いた

面白いのは、その後の移動です。

大阪観光局の公式サイトによれば、文楽軒はのちに九条の新地へ移り、難波神社の境内にはあらためて「彦六座」が開かれました。

そして時代が下って明治から大正15年(1926年)まで、淀屋橋の御霊神社の境内で「御霊文楽座」の興行が行われます。これが現在の国立文楽劇場の直接の前身です。詳しくは文楽の劇場は、神社の境内にあったに書きました。

つまり——

時期場所
1811年〜難波神社の境内(植村文楽軒)
明治〜大正15年御霊神社の境内(御霊文楽座)
現在国立文楽劇場

文楽は、神社の境内から境内へ移りながら続いてきたわけです。

芝居小屋が神社にあるのは、人が集まる場所であり、日常とは違う場だったからです。大阪の芸能——落語も浄瑠璃も——が寺社の境内から出てきたことは、このサイトで何度も出会う話になりました。

江戸時代、境内の稲荷のほうが有名だった

もうひとつ、この社には逆転があります。

大阪観光局の公式サイトによれば、江戸時代に稲荷信仰が盛んになるにつれ、本社よりも境内の末社である稲荷神社のほうが有名になりました

通称は「博労町(ばくろまち)のおいなりさん」。いまも本社の西側に博労稲荷神社があります。

本社を差し置いて末社のほうが知られる、という現象は珍しくありません。堀川戎神社の地車稲荷も、独自の信仰で名が通っています(願いが叶うと、その夜に「地車ばやし」が聞こえる)。

人は格式ではなく、自分の願いに合う神のところへ行く。 末社が有名になるのは、その素直な結果です。

ここも、大坂城築城で動いた社

由緒もたどっておきます。

公式サイトによれば、難波神社は反正天皇が大阪府松原市に柴籬宮(しばがきのみや)を開いたとき、父帝の仁徳天皇を祭神として創建されたと伝えられます。ご祭神は仁徳天皇、配祀に素盞嗚尊。

その後、天王寺区上本町へ遷り——豊臣秀吉が大坂城を築城したのち、天正年間(1583年)に現在地へ遷座しました。

またしても、です。このサイトで追ってきた「大坂城築城で動いた社」に、また一つ加わりました。

何が起きたか
坐摩神社天正10年に替地を命じられた
生國魂神社高津宮天正11年に移された
難波神社天正年間に現在地へ遷座
玉造稲荷神社移されず三の丸に取り込まれた
大阪城豊國神社昭和36年に後から入った

父の仁徳天皇を祀るこの社と、仁徳天皇の宮の跡に建てられた高津宮。どちらも同じ天皇にゆかりがあり、どちらも秀吉に動かされています(高津宮の縁切坂と相合坂)。

社殿は焼け、楠は残ったと伝わる

そして昭和です。

公式サイトによれば、昭和20年(1945年)の第二次世界大戦の大阪空襲により全焼し、再建されたのは昭和49年(1974年)7月でした。

二十九年間、社殿がなかったことになります。

境内には御神木の楠があります。樹齢約400年とされ、大阪市の保存樹に指定され、大空襲を焼け残った一本として語られてきました。秀吉による遷座の頃からこの地にある、という計算になります。

ただし正直に書いておくと、この楠についての説明は、神社の公式サイトにも大阪観光局の公式サイトにも見当たりませんでした。樹齢や保存樹指定、焼け残りの話は、複数の二次資料で一致してはいるものの、一次資料には到達できていません。

木は確かにそこにあります。ただ、その来歴をどこまで確かなものとして語れるかは、また別の話です。

七月二十日と二十一日、氷が配られる

最後に、夏の話を。

大阪観光局の公式サイトによれば、毎年7月20日・21日の夏祭りは「氷室祭(ひむろまつり)」といい、参拝者にカチワリ氷が配られます。この氷を食べると夏負けしないと言われている、とのことです。

冷蔵庫のなかった時代、夏の氷は貴重品でした。氷室から運んだ氷を口にすることが、そのまま夏を越す力になると考えられていた。

大阪の夏祭りの並びで言えば、6月末の愛染まつりで開き、7月20・21日にこの氷室祭、24・25日に天神祭、そして住吉祭で送る。ちょうど天神祭の直前にあたります。

社殿が焼け、二十九年かけて建て直され、いまはオフィス街の真ん中で氷を配っている。「文楽」の名が生まれた場所は、そういう社です。

場所とデータは難波神社の楠(御神木)のページにまとめています。

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参考・出典

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