参拝の作法とマナー
神社とお寺、どっちに行けばいい? — 明治まで、はっきり分かれていませんでした
「縁結びは神社、厄除けはお寺」
そんな使い分けを聞いたことがあるかもしれません。でも、そういう決まりはありません。
願い事の種類で神社と寺を選び分けるルールは、どこにも定められていない。理由はシンプルです。
明治になるまで、神社と寺ははっきり分かれていなかったからです。
四天王寺は、こう書いている
証拠は、当の寺が書いています。
四天王寺の公式サイトにある歴史のページに、こうあります。
明治以後の四天王寺は、まず、明治維新の神仏分離令により、それまで四天王寺に所属していた神社が離され、厳しい状況に置かれました
「四天王寺に所属していた神社」。
寺が神社を持っていた、ということです。それが明治の神仏分離令で切り離された。1400年続いてきた寺の側から見れば、これは百五十年ほど前の出来事にすぎません。
つまり——
| いつ | 神社と寺の関係 |
|---|---|
| 〜江戸時代 | 混ざっている。寺の中に神社があり、神社に寺(神宮寺)があった |
| 明治元年〜 | 神仏分離令で切り離される |
| 現在 | 別のものとして扱われている |
いま私たちが「別物」と思っているのは、明治以降の姿です。
このサイトで集めた場所は、ほとんど混ざっている
福跡マップで扱ってきた大阪の場所を並べると、これがよく分かります。
寺なのに、神社みたいなことをしている
- 四天王寺 亀井堂 — 経木を水に沈めて先祖を供養する。寺
- 四天王寺 亀遊嶋辯天堂 — 池の島に辯才天を祀る。もとはインドの河の神。寺の中に、神
- 愛染さん(勝鬘院) — 縁結びで知られるが、寺。しかも始まりは施薬院
- 法善寺の水掛不動 — 水を掛けて願う。寺
- 全興寺の地獄堂 — 地獄も極楽もある。寺
神社なのに、寺と一体だった
- 今宮戎神社 — 四天王寺を西から守る神として祀られたと伝わります。えべっさんの出発点が、寺の守護でした
こうして見ると、「寺だから」「神社だから」で行き先を選ぶ感覚のほうが、あとから来たものだと分かります。
じゃあ、どう選べばいいのか
私の答えはこうです。
行きたいと思ったほうへ行ってください。 それで問題ありません。
そのうえで、実用的な目安を3つ。
① 近さで選ぶ
神社本庁は「氏神さま」をいま住んでいる土地の神社と説明し、「ご自宅に1番近い神社の場合が多い」としています。日々のお参りは、まず近所から。
② その場所の縁で選ぶ
学問なら天神さま、商売ならえべっさん、というのは願い事のジャンル分けではなく、その神仏がその役を担ってきた歴史があるからです。天神様はなぜ学問の神なのか、えべっさんは、寺を守る神として祀られたにそれぞれ書きました。
由緒を知って選ぶほうが、ジャンルで選ぶより納得できます。
③ 作法だけは、建物に従う
ここが唯一、はっきり分かれています。
| 神社 | お寺 | |
|---|---|---|
| 入口 | 鳥居 | 山門 |
| 守るもの | 狛犬 | 仁王(金剛力士) |
| 拝礼 | 二礼二拍手一礼 | 手を合わせるだけ。拍手は打たない |
| 水 | 手水舎 | 手水舎(同じ) |
お寺で柏手を打たない、これだけ覚えておけば充分です。詳しくは参拝の基本作法へ。
御朱印も、もともとは寺のものでした
もう一つ、混ざっている例を挙げておきます。
御朱印は、いまは神社でも寺でもいただけます。しかしそのはじまりは寺に経を納めた証(納経)でした。御朱印は「集めるもの」ではなかったに書いたとおりです。
神社の御朱印は、そのあとに広まった形です。
分けようとすると、どこかで必ず混ざる。 これが日本の信仰の実際の姿だと思います。
「どっちでもいい」は、いい加減ではない
最後に、少しだけ私の考えを。
「神社とお寺、どっちに行けばいい?」と検索する方は、失礼にならないようにしたいと思っているはずです。その気持ちのほうが、分類より大事です。
千年以上のあいだ、この国の人は両方に手を合わせてきました。寺の池に弁天さまがいて、神社が寺を守っていた。 それを不整合だと思わずに続けてきた。
だから、迷ったら両方でいいんです。作法だけ、その建物に合わせてください。
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あなたの町の福の気配を測ってみる。→ 福跡マップで見てみる
参考・出典
- shitennoji.or.jp
- 神社と神道 | 神社本庁公式サイト
jinjahoncho.or.jp - よくあるご質問(FAQ) | 神社本庁公式サイト
jinjahoncho.or.jp