サムハラ神社の御神環 — 指輪の御守と造化三神の由緒

大阪市西区立売堀に鎮座する小さな神社で、天之御中主大神・高皇産霊大神・神皇産霊大神の造化三神を「サムハラの大神」として祀ります。無傷無病・延命長寿・厄除けの信仰で知られ、神社の沿革によれば、第二次世界大戦中には大阪師団司令部を通じて出征兵士に御守が贈られました。指輪型の御守り「御神環」でも知られています。神社公式サイトは、令和8年(2026年)の御神環守の奉製の申込みを10月15日から11月24日まで受け付けると案内しています(平日9時〜15時30分の社務所、または郵送)。
ご祈祷は毎週水曜日は受けられず、事前に連絡が必要だと神社は案内しています(いずれも2026年10月2日に神社公式サイトで確認)。
この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
押すと、同じ願いごとが伝わる場所を地図で探せます。
時のながれ
- 昭和10年(1935年) — 初代主管者・田中富三郎が郷里・岡山県津山市加茂町の荒廃した古祠を再建したと公式沿革は記す
- 昭和25年(1950年) — 大阪・中之島の豊国神社(当時)の摂社として、岡山から分霊されたと公式沿革は記す
- 1961年 — 現在地の大阪市西区立売堀へ遷宮
現地の写真


近くの福
- 坐摩神社(いかすりさん)(縁の福・約749m)
- 難波神社の楠(御神木)(木の福・約818m)
- 御霊神社(ごりょうさん)(縁の福・約1.2km)
- 法善寺(水掛不動さん)(縁の福・約1.6km)
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この福を掘り下げた記事
- 大阪のパワースポットは、誰がそう呼んでいるのか — 公式で由緒が確かめられる15の社寺を地域別に
- サムハラ神社の指輪守「御神環」— 頒布の仕組みと今の状況
- 2026年の厄年は何年生まれ? 早見表と「役」の由来
- サムハラ神社へ行ってきました — ビル街の小さな社と、読めない四文字
- サムハラ神社とは — 読めない四文字と指輪の御守「御神環」の由緒
🌙 この土地の痕跡
同じ土地の、歴史の側の顔です。
- 立売堀(いたちぼり)川跡「立売堀」という地名の元になった、埋め立てられた堀の跡です。
- 薩摩堀川跡(薩摩堀北公園・碑)すぐ近くにあった、もう一本の堀の跡です。
参考・出典
4件出典に基づいて掲載しています
- サムハラ神社 公式サイト
サムハラ神社 - サムハラ神社(神社のこと・沿革について)
サムハラ神社(公式) - サムハラ神社(御神環守)
サムハラ神社(公式) - サムハラ神社(ご参拝・ご祈祷・授与品)
サムハラ神社(公式)
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録しています。
- :紹介文に、神社公式サイトが御神環守の奉製の申込みを令和7年11月末で一旦終了していると案内していることを書き加えました。年表の最初の項は、公式サイトに見当たらない「サムハラ聖殿竣工」の語を外し、公式の沿革どおり「荒廃した古祠を再建した」と改めました(2026年9月28日確認)。
- :参考・出典からWikipediaを外しました。紹介文の「戦時中に出征する人々が護符を持ち出した」は、神社の沿革どおり「大阪師団司令部を通じて出征兵士に御守が贈られた」に改め、確かめられなかった「パワースポットとして親しまれています」を削りました。年表の田中富三郎の肩書は公式どおり「初代主管者」とし、昭和25年の項の「豊国神社の隣接地に建立」は公式に無いため、「豊国神社(当時)の摂社として分霊」に改めました。
この場所について
お参りの体験や、いまの様子を教えてください。