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木・森の福

残った木と、残った水 — 新熊野神社の大樟と、京都三名水「染井」

京都・新熊野神社の「影向の大樟」は、後白河上皇が熊野から移植したお手植えで樹齢800余年と伝わる木で、京都市指定天然記念物です。京都市の解説は、応仁の乱で荒廃した後の木とも考えられるとしています。梨木神社の染井は、京都三名水のうち、いまだ枯れずに現存する唯一の名水と公式サイトが記しています。

2026-08-01 | 執筆・編集:福跡マップ編集部

樹齢450年の御神木が倒れた話があります。樹木医が診て、支柱を入れて、それでも倒れた——「残る」ことは当たり前ではない、という話です。

一方で、残っているものもあります。八百年と伝わる木と、京都三名水でただ一つ湧き続けている水です。

新熊野神社の大樟 — 熊野から来て、八百年と伝わる

東山区の新熊野神社(いまくまのじんじゃ)は、京都市の観光公式サイトによれば永暦元年(1160年)、後白河上皇が平清盛に命じて創建した社です。

面白いのは、その作り方でした。熊野から土砂や材木を運んで社域を築き、熊野の神を勧請した。つまり、熊野を京都に「移築」したわけです。上皇は熊野詣を三十回以上重ねたことで知られますが、往復一月の旅を思えば、京都に熊野そのものを持ってきたかった気持ちは分かります。

境内の大樟(おおくす)は、その創建のときに熊野から移植された、上皇お手植えの木と伝わります。「影向(ようごう)の大樟」——神が姿を現す木、という呼び名を持つ、京都市指定天然記念物です。樹齢について、京都市の天然記念物の解説はこう書いています。

後白河上皇お手植で樹齢800余年との伝承もあるが,応仁の乱で荒廃した後のものとも考えられる

影向の大樟が、上皇お手植えで樹齢800余年と伝わる木で、京都市指定天然記念物であることを示した図です。京都市の解説は、応仁の乱で荒廃した後の木とも考えられるとしています
影向の大樟が、上皇お手植えで樹齢800余年と伝わる木で、京都市指定天然記念物であることを示した図です。京都市の解説は、応仁の乱で荒廃した後の木とも考えられるとしています

方違神社のくろがねもちや杭全神社の大楠と同じく、行政の指定を受けた巨樹です。ただし、指定されていることと、正確な樹齢が分かっていることは別です。京都市の解説も、樹齢の伝承と、応仁の乱の後の木という見方を並べています。そして、糺の森のツブラジイが倒れたいまとなっては——この木がいまも立っていること自体が、偶然と手入れの積み重ねだと感じます。

もう一つ、この境内は能楽の聖地でもあります。応安7年(1374年)、観阿弥・世阿弥の父子がここで猿楽を演じ、それが足利義満の目に留まって能楽の大成につながった——と京都市の観光公式が記しています。文楽が神社の境内から生まれた大阪と同じで、芸能の始まりの場所には、たいてい木と社があります。

永暦元年(1160年)の新熊野神社の創建と、応安7年(1374年)の観阿弥・世阿弥の猿楽を年表にした図です
永暦元年(1160年)の新熊野神社の創建と、応安7年(1374年)の観阿弥・世阿弥の猿楽を年表にした図です

梨木神社の染井 — 三つのうち、一つだけ残った

もう一つの「残ったもの」は、水です。

京都御所の東隣、梨木神社(なしのきじんじゃ)。明治18年(1885年)創建、明治維新の功労者・三條実万(さねつむ)・実美(さねとみ)父子を祀る、萩の名所として知られる社です。

その手水舎に湧くのが、御神水「染井(そめい)」。

京都三名水——醒ヶ井(さめがい)・県井(あがたい)・染井——のひとつに数えられてきた水で、神社の公式サイトはこう記しています。

いまだ枯れずに現存する唯一の名水

残っているのは染井だけです。 ただ、ほかの二つが失われた経緯は同じではありません。

醒ヶ井(佐女牛井)について、京都市の石碑の記録は「第二次大戦中,堀川通の拡幅により消滅した」とし、京都市の別の解説は「第2次大戦後の堀川通の拡張のため埋められ」と書いています。道路の拡幅で失われたことは共通していますが、戦中か戦後かは資料で食い違います。

県井(縣井)は、環境省の京都御苑のモデルコースにいまも名前が載っています。ただ、史跡として訪ねられることと、水を汲めることは別の話です。

染井の水を汲む場合は、手水舎の蛇口を使います。梨木神社の公式サイトによれば、蛇口の開栓時間は午前6時〜午後6時半頃まで。神社の駐車場は参拝のための場所なので、水汲みの人は利用できません。

京都三名水の醒ヶ井・県井・染井を並べ、染井がいまだ枯れずに現存する唯一の名水であることを示した図です
京都三名水の醒ヶ井・県井・染井を並べ、染井がいまだ枯れずに現存する唯一の名水であることを示した図です

名前の由来には、この地にあった藤原良房の邸「染殿第」によるとする説や、宮中の染所で用いられたとする説があります(公式サイトが複数説を併記しています)。染物に使われた水だとすれば、京都の名水めぐりの記事の「酒・茶・墨」に続く、「水そのものが素材になる仕事」の第四の例です。

「残る」は、選ばれた結果ではない

残ったもの残らなかったもの
木新熊野の大樟(樹齢800余年と伝わる)糺の森のツブラジイ(450年で倒木)
水(京都三名水)梨木神社の染井醒ヶ井(佐女牛井):堀川通の拡幅・拡張で失われた(戦中か戦後かは資料で違う)/県井(縣井):史跡として訪ねられるが、いまの水の状態はこの記事では確かめていない
水(京都)御香水・亀の井(保存会が維持)—
水(大阪)—安居神社の「安井」(枯渇と由緒略記に明記)

残った木と倒れた木、湧き続ける水と失われた水。その差は、ご利益の強さではありません。 佐女牛井のように道路の拡幅で失われた井戸もあれば、保存会が手入れを続けている水もあります。理由は、場所ごとに違います。

新熊野神社の大樟は京都市指定の天然記念物として、梨木神社の染井は手水舎に湧く御神水として、いまも境内にあります。

場所とデータは新熊野神社 大樟、梨木神社 染井の各ページにまとめています。


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参考・出典

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