木・森の福
「樹齢千年」は、たぶん年数ではありません — 巨樹の数字と、倒れた御神木
御神木の説明板には、たいてい「樹齢千年」と書いてあります。
でも、木の年齢を正確に測るのは、実はとても難しい。切って年輪を数えるわけにいかないからです。
このサイトで巨樹を扱うたびに、その数字とどう付き合うかで迷ってきました。今日はそれを正面から書きます。
きっかけは、先月の出来事でした。
2026年6月16日、糺の森の御神木が倒れた
京都・下鴨神社の糺の森(ただすのもり)。世界遺産の一部です。
その参道沿いに、しめ縄を巻かれた大きな木が立っていました。ツブラジイという常緑樹で、糺の森でいちばん古い木とされていました。
令和8年(2026年)6月16日、この木が倒れました。
下鴨神社の公式発表を引きます。
推定樹齢約450年の御神木
樹木医による定期的な診断を受けるとともに、支柱の設置など必要な保存措置を講じておりましたが、老木であったことから、自重を支えきれず
報道によれば高さ約30メートル、幹周り約3メートル。倒れたのは午前10時ごろで、けが人はいませんでした。
読んでいて、こたえました。
樹木医が定期的に診ていた。支柱も入れていた。それでも倒れた。
やれることは全部やっていたのです。老いた木は、最後は自分の重さを支えられなくなる。
「御神木跡」として残す
その後の対応が、私は好きです。
倒木した御神木はお清めをし、その歴史と意義を後世へ伝えるため、境内において「御神木跡」として保存する予定
片づけて終わりにしない。跡として残す。
そして神社は「貴重な自然遺産である糺の森の保全と育成に努めてまいります」と続けています。
そもそも、代替わりを織り込んでいる
同じ下鴨神社に、対になる話があります。
楼門前の相生社の御神木「連理の賢木(れんりのさかき)」です。下鴨神社の公式サイトはこう書いています。
現在のご神木は4代目となり、代を次いで境内「糺の森」に生まれるとされます
4代目。
一本の木を永遠に保とうとするのではなく、代が替わることを最初から前提にしている。
倒れた木は「跡」として残し、御神木は代を継ぐ。森として続けばよいという考え方です。450年の木が倒れたニュースを読んだあとにこれを読むと、筋が通っているのが分かります。
数字が公的に裏づけられている例 — 門真の薫蓋樟
では、樹齢や規模の数字はどこまで信じられるのか。
確かな例から挙げます。大阪府門真市の三島神社にある薫蓋樟(くんがいしょう)です。
- 幹周り約13メートル、高さ約25〜30メートル
- 1938年(昭和13年)、国の天然記念物に指定
国が指定している。 これは行政の手続きを経た数字なので、規模については裏づけがあります(樹齢1000年超という部分は、なお推定です)。
名前の由来も具体的で、幕末の公家・千種有文(ちぐさありぶみ)が詠んだ歌にちなむと伝えられます。傍らの祠には楠大神が祀られています。
幹周13メートル。大人が8人ほどで手をつないで、やっと回るくらいです。
呼び名が先にある例 — 住吉大社の「千年楠」
いっぽう、正直に書いておきたい例もあります。
住吉大社の境内、楠珺社(なんくんしゃ)の大楠。通称「千年楠」です。住吉大社の公式サイトは樹齢千年を超えるとして紹介しており、初辰まいりの中心として、商売発達・家内安全の信仰を集めてきました。
ただし、巨樹を専門に記録している樹木情報サイトでは、「実際はそれほど樹齢のあるものではない」という見解も示されています。
どちらかが嘘をついている、という話ではないと思います。
「千年」は、年数の申告ではなく、敬意の表現なのでしょう。
「千年前からここにある」ではなく、「千年と言いたくなるほどの木だ」という感嘆。日本語の「千」は、しばしばそう使われます(千日前の「千日」も、実際に千日だったわけではなく、長い年月の意でした——法善寺の記事に書きました)。
なお、拝殿前の夫婦楠が夫婦円満・縁結びの象徴とされる話は、住吉大社の公式ページでは確認できませんでした(観光メディアでの言及にとどまります)。
大阪の巨樹でも、同じことが起きています
このサイトで扱った木を並べておきます。
| 木 | 数字の確からしさ |
|---|---|
| 杭全神社の大楠(平野区) | 樹齢一千年と伝わる。府天然記念物 |
| 三島神社 薫蓋樟(門真市) | 国の天然記念物。幹周13m |
| 住吉大社 千年楠 | 公式は樹齢千年超。専門サイトは異論 |
| 難波神社の楠(中央区) | 樹齢約400年・空襲を焼け残ったとされるが、神社公式にも大阪観光局公式にも記載なし |
| 方違神社のくろがねもち(堺市) | 府の指定天然記念物。堺市内で径・幹周が最大 |
国や府が指定しているものは、規模の数字が公的に確認できます。 一方、「樹齢◯年」「空襲を越えた」といった話は、語り継がれてはいても、公式資料に見当たらないことが少なくありません。
難波神社の楠について記事を書いたときも、二次資料では一致しているのに一次資料に届かないという状態でした。そのまま書きました。
木は、そこにある
数字の話をさんざんしましたが、最後に。
木が何年生きているかは、その木の価値と関係がありません。
450年のツブラジイは倒れました。樹木医が診て、支柱を入れて、それでも倒れた。そして「御神木跡」として残されます。
人が数百年その木を見上げてきた、という事実のほうが動かない。 樹齢の数字が推定でも、その時間は本物です。
明日、御神木の前に立つことがあったら、年数のことは気にしないでください。その木を見上げた人の数を思うほうが、たぶん正確です。
場所とデータは下鴨神社 糺の森、三島神社の薫蓋樟、住吉大社の千年楠・夫婦楠の各ページにまとめています。
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