水の福
「みたらい」は「御手洗」でした — 大阪唯一の名水百選と、禊の谷
今日、京都の名水について書きました。松尾大社の亀の井と、伏見の御香水。どちらも「茶道・書道」のために水を汲みに来る人がいる、という共通点がありました。
そのあとで大阪の名水を調べたら、まったく同じことが書いてありました。
大阪府で唯一の名水百選
環境省の名水百選に、大阪府から選ばれているのは1件だけです。
三島郡島本町、水無瀬神宮(みなせじんぐう)の境内に湧く「離宮の水(りきゅうのみず)」。昭和60年(1985年)の選定です。
環境省の資料によれば、この社は後鳥羽・土御門・順徳の三上皇を祀る神社。後鳥羽上皇に仕えた水無瀬信成・親成親子が、上皇が造営した水無瀬離宮の跡地に御影堂を建立して菩提を弔ったのが始まりとされます。
だから「離宮の水」。
そして——
御影堂建立時に、神饌として用いられた神聖な水であったが、茶道の歴史が始まるとともに、茶の湯としても利用されるようになった
現在も書道や茶道等に利用されている
また、茶と墨でした。
三つとも、同じことをしている
並べます。
| 名水 | 環境省・公式が挙げる用途 |
|---|---|
| 離宮の水(大阪・島本町) | 神饌 → 茶の湯 → 現在も書道・茶道 |
| 御香水(京都・伏見) | 飲用・茶道・書道。毎日数百人が汲みに来る |
| 亀の井(京都・松尾大社) | 酒の元水・家庭用水・茶道・書道 |
三つとも、茶道と書道が挙がっています。
偶然ではないはずです。茶の味も墨の色も、水質がそのまま出る。 水そのものが素材になる仕事の人たちが、名水のところへ通う。それが数百年続いてきた。
もう一つ、共通していることがありました。保存会があります。
- 御香水 — 昭和60年に「御香水保存会」設立。月釜会・献茶会を開催
- 離宮の水 — 平成4年に「離宮の水保存会」発足。地域住民・企業・行政が一体となり、定期的な水質検査、水量チェック、周辺の清掃
名水は、放っておいても名水ではいられません。 誰かが検査し、掃除し、水量を見ている。
環境省の資料には、こう書かれています。
水汲み場が設けられており、連日多くの水汲みの参拝者で賑わっている(午前6時~午後5時)
朝6時から。
そして成人の日には大茶盛(大きな茶道具を使ったお茶会)が行われるそうです。境内には江戸時代初期の様式で建てられた国の重要文化財「灯心亭」もあります。
水が茶を呼び、茶が茶室を呼んだ。 順番が見えます。
「みたらい」は、御手洗でした
もう一つ、水の名所を。奈良県天川村のみたらい渓谷です。
大峯山を源流とする山上川が、エメラルドグリーンの淵と大小の滝を連ねる渓谷。近畿でも屈指の紅葉の名所として知られます。
この「みたらい」という名前——漢字で「御手洗」と書きます。
由来には諸説ありますが、南朝の皇族がここで禊(みそぎ)=御手洗をしたという伝説にちなむと伝えられます。「光の滝」には、護良親王に向かって光が差したという伝承も残ります。
天川村は、約1300年前の役行者による大峯開山以来、山岳修験道の根本道場とされてきた土地です。2004年には世界遺産に登録されました。天河大辨財天社があるのも、この村です。
修験の山の入口に、身を清める谷がある。 名前がそれを記録しています。
手水は、禊の簡略版です
ここで、毎回やっているのに意味を考えたことがなかったものに戻ります。
手水(てみず・ちょうず)です。
神社の入口で、柄杓を取って、左手、右手、口、そしてもう一度左手。あれは何なのか。
禊の簡略版です。
本来は川や海に全身で入って身を清めた。それを、手と口だけで済ませる形に縮めたのが手水でした。だから手水を使う建物を「御手洗(みたらし)」と呼ぶ社もあります。
そう考えると、今日書いてきたものが一本につながります。
| 場所 | 水との関わり方 |
|---|---|
| 清水寺 音羽の瀧(京都) | 浴びる。水垢離の行場。いまも「お瀧」の行が続く |
| 清水寺 玉出の滝(大阪) | 浴びる。市内唯一の滝。いまも行場 |
| みたらい渓谷(奈良) | 禊の場だったと伝わる。名前が残っている |
| 全国の神社の手水舎 | 手と口だけの、簡略化した禊 |
全部、同じことの度合い違いでした。
なお水無瀬神宮の手水舎は登録有形文化財(大正期の建立)です。手水舎そのものが文化財、というのは珍しい。
行かれる前に(実用の注意)
みたらい渓谷について、天川村の公式が案内していることを書いておきます。
- 遊歩道は全長約8km・高低差約200m。終点は修験の里・洞川(どろがわ)温泉(弱アルカリ性単純泉)
- 国道309号は道幅が狭く、駐車場も多くありません
- 夏と紅葉期の土日祝は大混雑します。村の公式サイトが平日の訪問を勧めています
景色の良い場所ほど、道は細い。平日に行けるなら、平日に。
水は、来る人がいるから名水になる
まとめます。
大阪でただ一つの名水百選は、上皇の離宮跡に湧き、神饌となり、茶の湯になり、いまも朝6時から人が汲みに来ている水でした。
そして京都でも同じことが起きていて、どちらにも保存会があり、水質を測り、掃除をしている人がいます。
「名水」は、水の性質のことではなく、人と水の関係のことなのだと思います。汲みに来る人がいなくなれば、ただの湧き水に戻る。
場所とデータは水無瀬神宮 離宮の水、みたらい渓谷のページにまとめています。
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