厄除け・方位の福
「歯止め」が「歯痛止め」になった — 梅田の歯神社
梅田の繁華街に、歯の神様がいます。
正式には「綱敷天神社 末社 歯神社(はじんじゃ)」。ビルに挟まれた、とても小さな社です。
なぜ歯なのか。公式サイトの由緒を読むと、言葉のほうが先でした。
洪水を「歯止め」した巨石
公式サイトによれば、今から数百年前、梅田一帯が大洪水に見舞われ、あわや水没するかに見えたことがありました。
そのとき、地元の人々が祀っていたお稲荷さんの御神体である巨石が、流れて来る水を歯止めした。梅田の水没を防いだ——と伝えられています。
だから「歯止めの神さま」と慕われるようになりました。
ここまでは、歯とは何の関係もありません。土石流や氾濫を食い止めた石の話です。
語呂が転じて、歯の神になった
そして、公式サイトはこう続けます。
のちに歯止めの語呂が転じて歯痛止めにご利益があるお社といわれ、いつの頃からか歯神社とよばれるようになりました。
歯止め → 歯痛止め。 音が同じというだけで、洪水を防いだ神が、歯の痛みを鎮める神になりました。
普通なら「こじつけ」で終わる話です。ところがこの社では、そこから本物の信仰が育ちました。
公式サイトによれば、伝わる話の中には「歯の苦しみが和らいだ」「子供に良い歯並びの成人歯が生えました」「良い歯医者さんに巡り会えた」といったものがあるそうです。池田街道などの街道筋の近くにあったことから、遠くにも知られていったといいます。
言葉の遊びから始まったものが、何百年か続くと、遊びではなくなる。信仰がどう生まれるかの、かなり分かりやすい実例だと思います。
賽銭の「5円=ご縁」も同じ語呂の話ですが、あちらは今も語呂として楽しまれています。詳しくは賽銭の意味と金額に書きました。
御神体は、いまも地中にある
御祭神は歯神大神(はがみさん)、すなわち宇賀御魂神(ウカノミタマノカミ)です。
宇賀御魂神は、お稲荷さんの正式な神名です。公式サイトが説明しているとおり、全国の稲荷社の御祭神はこの神で、京都の伏見稲荷大社が総本社にあたります。「ウカ」は古代の音韻で食物を表すとされ、食や産業、商業を見守る神格です。
つまり歯神社は、中世までは普通のお稲荷さんでした。この地の巨石に神が宿ると信じた人々が祀り、のちに稲荷として祀られるようになった、と公式サイトは記しています。
そして肝心の巨石は、いまも本殿の地中深くに鎮座しているとされます。参拝しても見えません。
見えない石が土台にあり、その上に社殿があり、さらにその上に言葉の縁が重なって、いまの信仰になっている。層の重なりが分かりやすい社です。
明治になって、正式な神社になった
もう一点、由緒で目を引く部分があります。
公式サイトによれば、明治の初年頃、それまで地元の人間だけで祀ってきた歯神社を、ちゃんとした神社としてお祀りしようという動きが起こり、綱敷天神社の境内飛地末社(本社の境内の外にある小さな神社)として祀られるようになりました。
町の人が勝手に守ってきた祠が、明治になって制度の中に入った、ということです。地域の信仰が公式な神社になる過程が、はっきり記録されている例は多くありません。
大阪大空襲でも、火が届かなかった
そしてもう一つ、公式サイトが伝えている話があります。
先の大戦の折、大阪は大空襲に見舞われ、梅田一帯は火の海となりましたが、この折も歯神社までは火が届かず、戦火を歯止めしたともいわれています。
洪水を歯止めし、戦火を歯止めした。同じ言葉が二度使われています。
梅田一帯が実際にどうなったかは、姉妹サイトの大阪空襲があった場所にまとめています。焼け残ったものと焼けたものの差は、多くの場合ただの偶然です。ただ、残ったほうに人が意味を見出すのは自然なことで、その積み重ねがこの社の由緒になっています。
いまは歯科の人が参拝する
現在の参拝者について、公式サイトはこう書いています。
全国の歯に悩む方をはじめ、歯科医、歯科技工士などの歯の医療に関わる方々、歯科医師を目指す学生、歯ブラシ・歯磨き粉・ガム・入れ歯など歯に関わる仕事の方々の参拝が絶えない、と。
そして掲げられている言葉が「歯磨きは己の心磨き」です。
洪水を止めた石から始まり、語呂で歯の神になり、いま歯科医療の人が手を合わせている。言葉のあやから始まった信仰が、現代の職業に結びついているわけです。
もちろん、参拝が歯の健康を保証するものではありません。歯が痛いときは歯科医院へ行くのが正解です。ただ、治療の前後にここへ寄る人がいる、という事実のほうが、この社の性格をよく表していると思います。
場所とデータは歯神社のページにまとめています。梅田の綱敷天神社の末社にあたります。
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