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厄除け・方位の福

張子の虎は疫病除けだった — 道修町の少彦名神社(神農さん)

2026-07-29 | 執筆・編集:福跡マップ編集部

大阪土産の張子の虎。あの首を振る虎は、飾りものではなく、もともとお守りです。

大阪観光局の公式サイトによれば、張子の虎は道修町(どしょうまち)の少彦名神社の病除けのお守りで、いまも毎年11月22日・23日の神農祭で配られています。

そして始まりは、江戸時代に大阪を襲った疫病でした。

薬の町に、薬の神を祀った

道修町は「薬の町」と呼ばれます。いまも製薬会社の本社や事業所が並ぶ通りです。

少彦名神社は、そのビルの谷間にあります。公式サイトによれば、日本医薬の祖神である少彦名命(すくなひこなのみこと)と、中国医薬の祖神である炎帝神農をあわせて祀り、日本医薬総鎮守として信仰されてきました。通称の「神農さん」は、この神農から来ています。

大阪観光局の公式サイトによれば、安永9年(1780年)、京都の五條天神社から少彦名命の分霊を勧請し、薬種商たちが道修町の仲間会所に祀っていた神農氏と合祀したのが始まりとされています。

つまり順番はこうです。薬を扱う商人たちが集まっていた場所に、まず彼らが神農を祀った。そこへ日本の薬の神を迎えて、社になった。町のほうが先で、神社が後から形になっています。

日本と中国、二つの医薬の祖神を並べて祀るというのも、実務の町らしい発想だと思います。効くものは両方いただく。

なぜ、道修町が薬の町になったのか

そもそもなぜ、この一角に薬屋が集まったのか。

少彦名神社が運営する「くすりの道修町資料館」の説明によれば、きっかけは寛永年間(1624〜1644年)、堺の商人・小西吉右衛門が道修町1丁目に薬種屋を開いたことだとされています。

決定的だったのはその約百年後です。1722年、八代将軍・徳川吉宗が道修町の薬種中買仲間124軒を株仲間とし、中国から輸入された唐薬種と日本の和薬種の適正検査をして値段を付け、全国に売り捌く特権を与えました。

つまり道修町は、幕府公認の「薬の検査場」になったわけです。ここを通らなければ全国に薬が回らない。町の性格が制度によって決まったことになります。

同資料館によれば、明治になって営業が自由化されたあとも、道修町の薬業者たちは品質維持のために団結し、自前で「大阪薬品試験会社」を設立して官立の試験所に匹敵する信用を得たといいます。有力な薬業者が製薬会社を立ち上げ、薬学の教育機関も開かれ、それが現在の大阪大学薬学部や大阪薬科大学につながっていきました。

検査で信用を守る、という町の性格が、江戸から明治をまたいで続いた。神社があるのは、そういう町の真ん中です。

文政5年、疫病が流行したとき

そして、張子の虎の話です。

大阪観光局の公式サイトによれば、文政5年(1822年)に大阪で疫病が流行した際、疫病除けの薬として「虎頭殺鬼雄黄圓(ことうさっきゆうおうえん)」という丸薬がつくられました。そして病除けを祈願し、お守りの張子の虎とともに無償で配られた。そうしたところ病気が平癒したと伝えられている、と記されています。

ここで確認しておきたいのは、薬とお守りが一緒に配られたという点です。

薬だけでもなく、祈願だけでもない。丸薬を作って配り、同時に虎のお守りも配った。医薬の神を祀る町の人たちが、疫病に対してその両方を差し出した、ということになります。

(もちろん現代の目で見れば、丸薬の効能を保証するものではありません。伝えられている話として受け取るのが正確です。)

なぜ虎なのか

薬の名前に「虎頭」とあります。虎の頭です。

虎は古くから邪気を払う獣とされてきました。その力にあやかった薬の名前であり、お守りの形も虎になった——という流れは自然に読めます。

いま神農祭で授与される張子の虎は、首がゆらゆらと揺れる愛嬌のある姿です。土産物屋にも並びます。ですが元をたどれば、疫病の年に無償で配られたものでした。

「とめの祭」

神農祭は毎年11月22日・23日に行われます。

大阪の祭りは、6月末から7月初めの愛染まつりで開き、天神祭、住吉祭と続いて夏を越えていきます。そして年の最後、11月に神農祭が来る。だから「とめの祭」とも呼ばれてきました。

薬の町の祭りが一年を締めくくる。大阪という町の順番として、なかなか味わい深いところです。

愛染さんについては愛染さんはなぜ縁結びの寺なのかに書きました。

少彦名命は、こんな神

最後に祭神のことを少し。

少彦名命は、記紀神話では大己貴命(大国主命)とともに国づくりをした小さな神として登場します。医薬・温泉・酒造の神とされ、体は小さいけれど知恵で国を治めた、という性格の神です。

同じ少彦名大神を筆頭に祀る社が、梅田にもあります。露天神社(お初天神)です。詳しくは「お初天神」は人の名前だったに書きました。梅田と道修町、まったく雰囲気の違う二つの場所に、同じ神が祀られています。

薬の町のビルの谷間で、いまも張子の虎が配られている。二百年前に疫病と向き合った町の記憶が、土産物の姿で残っているわけです。

場所とデータは少彦名神社(神農さん)のページにまとめています。

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参考・出典

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