玉造稲荷神社|どんな福が宿る場所か
垂仁天皇18年(紀元前12年)の創祀と伝わる古社で、大坂城の三の丸に位置し豊臣・徳川期を通じて城の鎮守として崇敬されました。豊臣秀頼による慶長8年(1603年)の社殿再建の記録が残り、秀吉・淀殿らの茶会伝承も語り継がれています。境内では、大小一対のキツネが寄り添ってハート形をなす「恋キツネ絵馬」が授与されています。神社の案内によると、二つのキツネの背面に名前や願い事を書き、夫婦円満や恋愛成就を願います。
境内の難波・玉造資料館は、境内整備のため2026年4月6日から長期休館と神社が案内しています。再開の時期は示されていません。
神社の御朱印の案内には、11月23日の新嘗祭の御朱印は書き置きがなく、御朱印帳を持参するように、また12月28日から31日は御朱印の受付がない日と書かれています(年の記載のない常設の案内。2026年10月2日に神社公式サイトで確認)。

近くの福
- 玉造稲荷神社(玉造清水・利休井)(水の福・約536m)
- 比賣許曽神社(ひめこそじんじゃ)(縁の福・約834m)
- 大阪城豊國神社(ほうこくじんじゃ)(金の福・約1.2km)
- 高津宮 献梅碑(学の福・約1.5km)
この社寺に伝わる願いごと
由緒や資料で確かめられた範囲で、次のような願いごとが伝えられています。
押すと、同じ願いごとが伝わる場所を地図で探せます。
時のながれ
- 垂仁天皇18年(伝・紀元前12年) — 創祀と伝わる。地名「玉造」の由来となった玉作部の居住地とされる
- 慶長8年(1603年) — 豊臣秀頼の命により社殿・高殿(舞台)が再建されたと伝わる
- 大坂の陣(1614〜1615年) — 当地は再び戦地となり被害を受けた(神社公式の由緒による)
- 元和5年(1619年) — 大坂城代・内藤紀伊守をはじめ、氏子・崇敬者の寄進により再建された
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この福を掘り下げた記事
- 初午とは — 2027年は2月8日(月)。伏見稲荷の由来と、新暦・旧暦・日付固定で違う関西の稲荷社の初午祭
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- 秀吉を祀る社が大阪城へ来たのは1961年 — 大阪城豊國神社
- 「渡辺」という地名が、社といっしょに引っ越した — 坐摩神社
- 「文楽」につながる一座は、神社の境内を渡った — 難波神社と御神木の楠
- 大坂城の鎮守神とされた社 — 玉造稲荷神社と利休井
参考・出典
4件出典に基づいて掲載しています
- 玉造稲荷神社 公式サイト
玉造稲荷神社 - 玉造稲荷神社 ご由緒
玉造稲荷神社 - 玉造稲荷神社|大阪城の守護神・勾玉発祥の歴史を辿る|OSAKA-INFO
大阪観光局(公式観光サイト) - お札お守りなど(恋キツネ絵馬)
玉造稲荷神社(公式)
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録しています。
- :参考・出典の発行元を「関西散歩ブログ」から、サイトの現在の名称「関西シティラボ(旧・関西散歩ブログ)」に改めました。
- :参考・出典から個人のブログ記事を外し、神社公式の授与品のページを加えました。恋キツネ絵馬の説明は神社の案内どおり「大小一対のキツネが寄り添ってハート形をなす」絵馬で、二つのキツネの背面に名前や願い事を書いて夫婦円満や恋愛成就を願う、と改め、確かめられなかった「近年は」「親しまれています」を外しました。同日、年表の「大坂夏の陣で焼失」を、神社公式の由緒どおり「大坂の陣で被害を受け、元和5年(1619年)に再建」に改めました。
この場所について
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