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神社の教養

「渡辺」という地名が、社といっしょに引っ越した — 坐摩神社

2026-07-29 | 執筆・編集:福跡マップ編集部

社が引っ越すとき、地名まで一緒に付いてきた例があります。

大阪市中央区久太郎町四丁目渡辺。坐摩神社(いかすりじんじゃ)の住所です。

大阪観光局の公式サイトによれば、この「渡辺」という地名は、社が元あった場所の地名が移ってきたものであり、ここは渡辺姓の発祥地として知られています。

元は淀川のほとりにあった

順を追います。

公式サイトによれば、坐摩大神(いかすりのおおかみ)は神武天皇の御世に、宮域を守る神として宮中に祀られたのが起源とされます。

そして創建は、神功皇后が新羅から帰還した際、淀川南岸の大江の岸・田蓑島、のちの渡辺の地(現在の天満橋の西方、石町付近)に坐摩大神を奉斎したのが始まり、と伝えられています。

つまり最初は、川のそばにありました。渡し場のある土地です。「渡辺」という地名も、その地形から生まれたと考えるのが自然でしょう。

坐摩神社は摂津国一之宮であり、旧官幣中社にあたります。格の高い古社です。

天正10年、立ち退きを命じられた

そして城が来ます。

公式サイトの記述は簡潔です。天正10年(1582年)、大坂城築城の際、替地を命ぜられ寛永年間に現在地へ遷座した。

「替地を命ぜられ」——代わりの土地を与えられた、ということです。移りたくて移ったのではありません。

注目したいのは時間差です。命じられたのが天正10年、実際に現在地へ落ち着いたのが寛永年間(1624〜1644年)。四十年以上かかっていることになります。

社が一つ動くというのは、それだけの事業でした。

大坂城築城で動いた社、5例目

これまでこのサイトで、大坂城築城によって運命の変わった社を追ってきました。坐摩神社を加えると、こうなります。

何が起きたか時期
坐摩神社替地を命じられた(遷座は寛永年間)天正10年(1582)
生國魂神社移された天正11年(1583)
高津宮移された天正11年(1583)
玉造稲荷神社移されず、三の丸として城に取り込まれた
大阪城豊國神社後から城に入ってきた昭和36年(1961)

坐摩神社の天正10年は、この中でいちばん早い年です。なお生國魂神社と高津宮の由緒は天正11年としており、一年のずれがあります。築城は何年もかけた事業ですから、社ごとに命令が下った年が違うのは自然なことでしょう。どちらが正しいかを詮索するより、上町台地とその周辺で、いくつもの社が同時期に動かされたという事実のほうが重要だと思います。

それぞれの経緯は大坂城を建てるために動かされた社城に取り込まれた社秀吉を祀る社が大阪城へ来たのは1961年に書きました。

地名が動く、ということ

ここからが、この社のいちばん面白いところです。

普通、引っ越し先には引っ越し先の地名があります。ところが坐摩神社の場合、元の土地の名前「渡辺」が、社と一緒に新しい場所へ移りました

いまも大阪市中央区に「久太郎町四丁目渡辺」という住所が残っています。町名の後ろに、もう一つ地名が付いた形です。

地名は土地に属するもの、という感覚からすると奇妙ですが、この場合は社と氏族に属していたことになります。人と信仰が動けば、名前も動く。

渡辺姓の発祥地

そしてもう一つ。公式サイトによれば、この地は渡辺姓の発祥地として有名です。

渡辺という名字は、日本でも有数の多さです。その源が、大阪の一つの社と、その周りにあった土地の名前にさかのぼる。

平安時代、この渡辺の地を本拠とした一族が「渡辺」を名乗り、そこから全国へ広がったと語られてきました。渡辺姓の方がこの社を訪ねることも多いそうです。

自分の名字の始まりの場所がどこか、と考える機会はあまりありません。ですが、たしかにどこかにあります。それが分かっている数少ない例の一つが、ここです。

「ざまさん」と呼ばれて

読み方の話も書いておきます。

「坐摩」はいかすりと読みます。まず読めません。大阪観光局の公式サイトも「いかすりじんじゃ」と明記しています。

そして地元では通称「ざまさん」と呼ばれてきました。「坐摩」を音読みにした呼び名です。

正式な読みが難しい社が、音読みの愛称で親しまれる。大阪では珍しくない現象で、生國魂神社が「いくたまさん」、少彦名神社が「神農さん」、今宮戎神社が「えべっさん」と呼ばれるのと同じ流れにあります。

格式と愛称が両立しているのが、この街の寺社の特徴だと思います。摂津国一之宮であり官幣中社であった社が、日常では「ざまさん」なのですから。

住まいと旅の神

信仰の内容にも触れておきます。

坐摩大神は、もともと宮域を守る神として宮中に祀られました。そこから、住居を守る神としての信仰が生まれます。公式サイトは、旅行安全・住居守護・安産の信仰が寄せられていると記しています。

神功皇后が応神天皇の安産を祈ったという伝承も伝わり、安産祈願の社としても知られています。

住まいと旅。相反するようですが、どちらも「居場所」に関わる神格です。社そのものが立ち退きと移転を経験していることを思うと、住まいの神という性格が違って見えてきます。

場所とデータは坐摩神社(いかすりさん)のページにまとめています。

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参考・出典

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