神社の教養
「渡辺」という地名が、社といっしょに引っ越した — 坐摩神社
大阪・本町の坐摩神社は、もと淀川のほとりの「渡辺」の地にあり、天正10年(1582年)の大坂城築城で替地を命じられ、寛永年間に現在地へ移りました。そのとき元の地名も一緒に移り、いまも住所は久太郎町四丁目渡辺です。
社が引っ越すとき、地名まで一緒に付いてきた例があります。
大阪市中央区久太郎町四丁目渡辺。坐摩神社(いかすりじんじゃ)の住所です。
大阪観光局の公式サイトによれば、この「渡辺」という地名は、社が元あった場所の地名が移ってきたものであり、ここは渡辺姓の発祥地として知られています。
元は淀川のほとりにあった
公式サイトによれば、坐摩大神(いかすりのおおかみ)は神武天皇の御世に、宮域を守る神として宮中に祀られたのが起源とされます。
そして創建は、神功皇后が新羅から帰還した際、淀川南岸の大江の岸・田蓑島、のちの渡辺の地(現在の天満橋の西方、石町付近)に坐摩大神を奉斎したのが始まり、と伝えられています。
つまり最初は、川のそばにありました。
坐摩神社は摂津国一之宮であり、旧官幣中社にあたります。格の高い古社です。
天正10年、立ち退きを命じられた
公式サイトの記述は簡潔です。天正10年(1582年)、大坂城築城の際、替地を命ぜられ、寛永年間に現在地へ遷座した。
「替地を命ぜられ」は、代わりの土地を与えられて移るよう命じられた、という意味です。
注目したいのは時間差です。命じられたのが天正10年、実際に現在地へ落ち着いたのが寛永年間(1624〜1644年)。四十年以上かかっていることになります。

大坂城築城で動いた社
大坂城築城によって運命の変わった社は、ほかにもあります。坐摩神社を加えて並べると、こうなります。
| 社 | 何が起きたか | 時期 |
|---|---|---|
| 坐摩神社 | 替地を命じられた(遷座は寛永年間) | 天正10年(1582) |
| 生國魂神社 | 移された | 天正11年(1583) |
| 高津宮 | 移された | 天正11年(1583) |
| 玉造稲荷神社 | 社域の多くが三の丸・城下町として整備された | — |
| 大阪城豊國神社 | 後から城に入ってきた | 昭和36年(1961) |
坐摩神社の天正10年は、この中でいちばん早い年です。なお高津宮の公式由緒は天正11年としています。生國魂神社については、大阪市と大阪観光局の資料がやはり天正11年としています。坐摩神社とは一年のずれがあります。いずれにしても、上町台地とその周辺で、いくつもの社が同時期に動かされたことになります。
それぞれの経緯は大坂城を建てるために動かされた社、大坂城の鎮守神とされた社、秀吉を祀る社が大阪城へ来たのは1961年にあります。
地名が動く、ということ
普通、引っ越し先には引っ越し先の地名があります。ところが坐摩神社の場合、元の土地の名前「渡辺」が、社と一緒に新しい場所へ移りました。
いまも大阪市中央区に「久太郎町四丁目渡辺」という住所が残っています。町名の後ろに、もう一つ地名が付いた形です。
坐摩神社の由緒は、いまの鎮座地を渡辺と称するのは「元の地名が移されたもの」と説明しています。

渡辺姓の発祥地
大阪観光局の公式サイトによれば、この地は渡辺姓の発祥地として有名です。
渡辺という名字は、日本でも有数の多さです。平安時代、この渡辺の地を本拠とした一族が「渡辺」を名乗り、そこから全国へ広がったと語られてきました。
坐摩神社の由緒は、この地を「全国の渡辺・渡部等の姓の発祥の地」と記しています。
「ざまさん」と呼ばれて
「坐摩」はいかすりと読みます。まず読めません。大阪観光局の公式サイトも「いかすりじんじゃ」と明記しています。
地元では通称「ざまさん」と呼ばれてきました。「坐摩」を音読みにした呼び名です。
大阪には、ほかにも正式な名とは別の愛称で呼ばれる社があります。生國魂神社は「いくたまさん」、少彦名神社はあわせて祀る中国の医薬の祖神・神農にちなんで「神農さん」、今宮戎神社は「えべっさん」と呼ばれています。

住まいと旅の神
坐摩大神は、もともと宮域を守る神として宮中に祀られました。そこから、住居を守る神としての信仰が生まれます。公式サイトは、旅行安全・住居守護・安産の信仰が寄せられていると記しています。
神功皇后が応神天皇の安産を祈ったという伝承も伝わり、安産祈願の社としても知られています。
旅の安全については、萬葉集に防人が旅立ちにあたって坐摩の神に行路の安全を祈った歌が詠まれている、と神社の由緒は記しています。
いまの坐摩神社へは、本町駅の15番出口か21番出口から歩いて3分ほどです。門が開いているのは、平日が7時30分から17時30分まで、土日祝日が7時30分から17時までと神社は案内しています(2026年9月28日確認)。
場所とデータは坐摩神社(いかすりさん)のページにあります。
全国の、福が伝えられている場所を地図で探せます。→ 福跡マップで見てみる
この記事の場所のそばにある福
- 難波神社の楠(御神木)(坐摩神社 から 約254m)
- 御霊神社(ごりょうさん)(坐摩神社 から 約726m)
- サムハラ神社(坐摩神社 から 約749m)
- 法善寺(水掛不動さん)(坐摩神社 から 約1.5km)
坐摩神社の周りには、中央区の福が10件あります。
中央区の福 10件をひらく →参考・出典
7件出典に基づいて掲載しています
- 坐摩神社(いかすり神社)の観光ガイド|大阪・本町にある渡辺姓発祥の地
osaka-info.jp - 坐摩神社公式サイト〔大阪市・本町〕|神社のご由緒
ikasuri.or.jp - 御祭神・由緒|高津宮(高津神社)~大阪市中央区高津~古典落語「高津の富」の舞台にもなったお宮です。
kouzu.or.jp - 大阪市:天王寺区の都市景観資源(わがまちナイススポット) (…>都市景観>都市景観資源)
city.osaka.lg.jp - 生國魂神社(いくたまさん)観光ガイド|歴史と見どころを紹介
osaka-info.jp - 坐摩神社公式サイト〔大阪市・本町〕|交通案内・地図
ikasuri.or.jp - inari.or.jp
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録しています。
- :「生國魂神社と高津宮の由緒は天正11年としており」と書いていましたが、生國魂神社の公式サイトには由緒のページがありませんでした。高津宮は公式由緒、生國魂神社は大阪市と大阪観光局の資料が根拠であることが分かるように書き改め、3件を出典に加えました。
- :本文の説明の文を9か所、削るか短く改めました。由緒・年代・出典・引用の内容は変えていません。
- :訪ねる方のために、本町駅からの道のりと開門の時間(平日・土日祝日)を末尾に書き足し、出典に坐摩神社の交通案内のページを加えました。
- :「ざまさん」と並べた「いくたまさん」「神農さん」「えべっさん」を「音読みの愛称」としていましたが、どれも音読みではないため、愛称の例として書き改め、図の見出しも直しました。「名字の始まりの場所が分かっている数少ない例」は、神社の由緒の「全国の渡辺・渡部等の姓の発祥の地」という書き方に改めました。出典の無い推測の文と伝聞の文を削り、坐摩神社ではない社の写真を外しました。
- :大坂城築城のときの社の表で、玉造稲荷神社を「移されず、三の丸として城に取り込まれた」としていましたが、神社公式の由緒は社域の多くが三の丸・城下町として整備されたと説明しているため、そのとおりに改め、出典に加えました。
- :玉造稲荷神社の記事の題名を改めたのに合わせ、リンクの名前を「城に取り込まれた社」から「大坂城の鎮守神とされた社」に改めました。
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