神社の教養
城に取り込まれた社 — 玉造稲荷神社と利休井
豊臣秀吉が大坂城を築いたとき、上町台地の社はそれぞれ違う運命をたどりました。
生國魂神社は現在地へ移されました。高津宮も移されました。どちらも天正十一年(1583年)のことです。
玉造稲荷神社は、動いていません。城のほうが、社を取り込みました。
三の丸の中の社
公式サイトによれば、玉造稲荷神社の創祀は垂仁天皇18年(紀元前12年)の秋と伝わります。
そして豊臣秀吉の大坂城築城により、社域の多くが「三の丸」「城下町」として整備されました。別称を豊津稲荷神社といい、大坂城の鎮守神として崇敬されたと記されています。
移されるか、囲い込まれるか。同じ築城でも扱いが分かれています。
なぜ玉造稲荷だけが残ったのか、公式サイトに理由は書かれていません。ただ結果として、この社は城の内側に入り、城を守る神という新しい役目を得ました。
移された二社の話は大坂城を建てるために動かされた社と高津宮の縁切坂と相合坂に書きました。
秀頼が再建した社
豊臣家との関係は、秀吉の代だけで終わりません。
公式サイトによれば、慶長8年(1603年)、豊臣秀頼によって社殿と高殿(舞台)が再建されています。
慶長8年は、徳川家康が征夷大将軍になった年です。豊臣の時代が終わりに向かっていくその年に、秀頼は城の鎮守社を建て直していたことになります。
大坂の陣で城は焼け落ちますが、社は残りました。秀吉を祀る大阪城豊國神社がいま城内にあるのとは別に、豊臣家が直接手を入れた社が、城のあった台地の東側に残っている形です。
利休井は、平成に掘り直されている
境内には「利休井」があります。ここが、この記事でいちばん書いておきたいところです。
公式サイトの解説によれば、この一帯はかつて「玉造清水」と呼ばれる良質の湧水地でした。南側に屋敷を構えた千利休がこの水を茶の湯に愛用したことが『摂津名所図会大成』に記されている、とされています。生駒山系を望んで茶会を催したという故事も残ります。
ただし——現在の「利休井」は、平成18年(2006年)に「同じ水脈」として掘り直された新しい井戸です。 公式サイトがそう明記しています。
利休が使った井戸そのものが残っているわけではありません。
「同じ水脈」という言い方
私はこの表現が誠実だと思いました。
「利休の井戸です」と言い切ってしまえば、話は分かりやすくなります。実際、そう思って写真を撮る人もいるでしょう。ですが神社は、掘り直した年をきちんと書いている。
そして「同じ水脈」という言い方をしています。井戸という構造物は新しい。けれど地下を流れている水は、利休の時代から続いているものだ、と。
古いものが残っているかどうかではなく、何が続いているのか。玉造清水と呼ばれた土地の水が、いまも同じところを流れている。そちらのほうが本質だという判断だと読みました。
法善寺の水掛不動が戦後に始まった風習だったのと、少し似た話です。詳しくは「千日前」の名は、千日の念仏からに書きました。
「玉造」という地名
社名にも町名にもなっている「玉造」についても触れておきます。
大阪観光局の公式サイトは、この社を「勾玉発祥の歴史を辿る」場所として紹介しています。玉造という地名は、勾玉などの玉を作る職能集団——玉作部(たまつくりべ)が住んでいた土地であることに由来する、と語られてきました。
古代、玉は装飾品であると同時に祭祀の道具でした。それを作る人々が、上町台地の東側に集まっていた。
姉妹サイトの痕跡マップにも「玉造」地名の由来としてスポットを立てています。地名が職業を記録している例で、大阪にはこの種の地名がいくつも残っています。
紀元前の創祀と伝わる社と、玉を作る人々の土地。どちらも文字で確かめられる話ではありませんが、そう語り継がれてきたこと自体が、この土地の古さを示しています。
伊勢参りの、西日本の玄関口
もう一つ、江戸時代の役割があります。
公式サイトによれば、江戸時代に流行した伊勢参り(おかげ参り)において、この社は西日本の玄関口として多くの旅人で賑わい、出発地として道中安全の祈願が行われました。
大坂から伊勢へ向かう道の起点だったわけです。城の鎮守から、旅の起点へ。時代ごとに役割が足されていきます。
いま境内に立っても、そこが三の丸だったことも、旅の出発点だったことも、見た目からは分かりません。分からないけれど、地面の下には玉造清水と呼ばれた水脈が流れている。
動かなかった、ということ
大坂城築城のとき、上町台地の社は移された。玉造稲荷は移されずに城の中へ入った。
どちらが幸運だったのかは分かりません。ただ、動かなかったおかげで、この社は紀元前から同じ場所にあり続けたと伝えられる古社として残っています。
場所とデータは玉造稲荷神社と玉造清水・利休井のページにまとめています。
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参考・出典
- ホーム | 玉造稲荷神社
inari.or.jp - 玉造稲荷神社|大阪城の守護神・勾玉発祥の歴史を辿る|OSAKA-INFO
osaka-info.jp