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神社の教養

神無月とは — 神々が出雲へ行く10月に、神社へ行ってもいいのか

神無月は旧暦10月の呼び名で、いまの暦ではおおむね11月ごろにあたります。「神々が出雲に集まり諸国に神がいなくなる月」という語源は辞典では俗説とされ、「神の月」とする説が有力です。10月を理由に神社参拝を控える決まりは、確認した公的資料には見当たりませんでした。

2026-09-15 | 執筆・編集:福跡マップ編集部

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まんがの内容は下の本文(出典つき)をもとに構成しています。

神無月(かんなづき)は、旧暦10月の呼び名です。全国の神々が出雲に集まるので、ほかの国には神がいなくなる月——という言い伝えから来た名だと、広く説明されています。出雲では逆に「神在月(かみありづき)」と呼びます。そして、10月だから神社へお参りしてはいけない、という決まりは、確認した公的な資料には見当たりませんでした。

ただ、ひとつ意外なことがあります。その「神がいなくなるから神無月」という説明を、国語辞典は俗説として紹介しています。 語源として有力なのは、まるで別の読み方でした。

出典はコトバンクに収録された各辞典、出雲大社、国立天文台、神社本庁、各神社の公式案内に限りました(2026年9月15日確認)。

神無月は、旧暦10月の呼び名です

まず、辞書の一行目からです。

コトバンクに収録されたデジタル大辞泉は、神無月をこう説明しています。

陰暦10月の異称。かみなしづき。かみさりづき。

精選版 日本国語大辞典も「陰暦一〇月のこと。かんなづき。」と、同じところから始まります。

大事なのは、頭の「陰暦」の二文字です。神無月はもともと、いまのカレンダーの10月ではなく、旧暦の10月を指す言葉でした。

読み方は「かんなづき」が一般的ですが、「かみなづき」「かむなづき」とも読みます。辞典は「かみなしづき」「かみさりづき」という言い方も並べています。

デジタル大辞泉と精選版 日本国語大辞典による神無月の説明と、読み方を並べた図です
デジタル大辞泉と精選版 日本国語大辞典による神無月の説明と、読み方を並べた図です

「神がいない月」は、辞典では俗説とされています

神無月といえば、神様が出雲へ出かけて留守だから「神が無い月」。どこかで聞いたことのある説明だと思います。私もそう覚えていました。

ところが、デジタル大辞泉の補説には、こうあります。

語源については、全国から神々が出雲大社に集まるため、諸国に神がいなくなる月の意からという俗説が古くからいわれている。

俗説、と書かれています。そして、文はこう続きます。

別に、新米で酒をかもす「醸成月かみなしづき」、あるいは雷の鳴らない「雷無月かみなしづき」の意ともいわれるが、「な」は「の」の意で、神を祭る月すなわち「神の月」の意とする説が有力。

精選版 日本国語大辞典も、同じ順番で並べています。

「な」は「の」の意で、「神の月」すなわち、神祭りの月の意か。俗説には、全国の神々が出雲大社に集まって、諸国が「神無しになる月」だからという

二つの辞典が、そろって同じ組み立てをしています。有力なのは「神の月」。出雲に集まるから神が無い、というのは古くからある俗説。

「な」は打ち消しの「無」ではなく、「の」。そう読むと、神無月は神のいない月どころか、神をまつる月になります。ちょうど裏返しです。

辞典が俗説と呼んでいるのは「語源としては」という意味です。神々が出雲に集まるという言い伝えそのものを、作り話だと言っているのではありません。その言い伝えは、いまも出雲で祭りとして続いています。

国語辞典が「神の月」を有力な語源とし、出雲に神々が集まるという説を俗説として並べていることを示した図です
国語辞典が「神の月」を有力な語源とし、出雲に神々が集まるという説を俗説として並べていることを示した図です

旧暦10月は、いまの11月ごろにあたります

神無月が旧暦10月だとすると、それはいまのいつごろなのか。

国立天文台は、旧暦についてこう説明しています。

太陽暦への改暦の直前に使われていた「天保暦」と呼ばれる暦法のことを、一般には「旧暦」と呼んでいます

そのうえで、現在の暦とのずれについて、こう記しています。

「旧暦」と現在の暦はもともと平均1ヶ月ほどのずれがある

平均して1か月ほど後ろ。旧暦の10月は、いまのカレンダーではおおむね11月ごろにあたります。

実際の日付で見ると、はっきりします。出雲大社が公開している令和8年(2026年)の祭日表には、神々を迎える神事が次のように載っています。

18日 神迎神事・神迎祭 午後7時

これは11月の欄です。続く神在祭が11月19日・23日・25日、神々を送る神等去出祭が11月25日、第二神等去出祭が12月4日。神無月の行事は、いまの暦では11月から12月にかけて行われている、ということになります。

出雲大社の令和8年(2026年)の祭日表から、神迎神事から第二神等去出祭までの日付を並べた図です
出雲大社の令和8年(2026年)の祭日表から、神迎神事から第二神等去出祭までの日付を並べた図です

もうひとつ、国立天文台は正直なことも書き添えています。

現在、日本で「公式な」太陰太陽暦の計算というものはおこなわれていません

「今年の旧暦10月1日は何日ですか」という問いに、公的な答えは用意されていないのです。神在祭の日付が年によって動くのはこのためで、その年の日程は出雲大社の公式案内でご確認ください。

出雲では「神在月」でした

神がいなくなる側から見れば神無月。集まる側から見れば、呼び名が変わります。

デジタル大辞泉の「神在月」の項です。

出雲国で、陰暦10月の異称。この月に日本中の神々が出雲大社に集まるという伝説から、出雲以外では「神無月かんなづき」というのに対していう。

出雲大社の公式サイトは、神在祭についてこう記しています。

八百萬の神々が出雲大社へ集われ、様々な縁結びの神議り(かみはかり=会議)をなされる

神議りは「かみはかり」、神々の会議です。何を話し合うのかというと、縁結び。巡拝の案内のページには「旧暦神在月の10月中」という言い方も出てきます。同じページは、出雲大社・日御碕神社・朝山神社・万九千神社・熊野大社を「神在社」として挙げています。

確認した範囲では、出雲大社の公式ページに「神無月」という語は見当たりませんでした。 出てくるのは「神在月」のほうです。祭典の案内も祭日表も、日付は新暦で示されていました。

神のいない側の呼び名は、神のいる側では使わない。並べてみると、当たり前のことが少し可笑しく見えてきます。

神無月と神在月の呼び名の違いを並べた図です
神無月と神在月の呼び名の違いを並べた図です

留守番をする神がいる、という説明

全国の神々が出雲へ行くのなら、その間、土地はどうなるのか。この問いにも、辞典に見出し語が立っています。

「留守神(るすがみ)」です。デジタル大辞泉の説明です。

神無月に出雲に参集せず、その土地にとどまるという神。恵比須神が多いが、地方によって違いがある。

日本大百科全書も「神無月(旧暦10月)に神々が出雲へ集合している間、家や村にとどまって留守をしているという神」と記し、恵比須・大黒・亥の子神などを挙げています。

留守番をするのは、えびす様。大阪でこれを読むと、急に近く感じます。

そして同じ辞典には、日付のそろった項目がもうひとつあります。「恵比須講」です。

陰暦10月20日に恵比須を祭る行事。商売繁盛を祈願して、親類・知人を招いて宴を開く。

精選版 日本国語大辞典も「陰暦一〇月二〇日に、主として商家で商売繁盛を祝って行なうえびす神の祭」と記しています。陰暦10月20日。神無月のうちの一日です。

辞典にある留守神と恵比須講の説明を並べた図です
辞典にある留守神と恵比須講の説明を並べた図です

留守神は恵比須神が多い。その恵比須神をまつる行事が、神無月の20日にある。——どちらも辞典に載っている説明です。ただし、「留守番をしているから、その月に祭る」と因果をつないで書いた資料は、見当たりませんでした。

大阪でえびす様といえば、今宮戎神社と堀川戎神社でしょう。ただ、両社の公式案内に「留守神」「恵比須講」の語は見当たりませんでした。今宮戎神社の年間祭典で「えびす」の名が並ぶのは、1月9日から11日の十日戎です。大阪のえべっさんは、秋ではなく冬の行事でした(えべっさんは、寺を守る神として祀られた)。

今宮戎神社の境内の説明板「十日戎と福笹」
今宮戎神社の境内の説明板「十日戎と福笹」

それで、10月に神社へ行ってもいいのか

10月だから神社への参拝を控える、という決まりは、確認した公的資料には見当たりませんでした。

神社本庁の公式サイト「おまいりする」の項目で、時期を理由に参拝を控えるよう案内しているのは「服忌について」、つまり身内を亡くしたあとの忌中の話だけです(2026年9月15日確認)。神無月を理由に控える、という説明は見当たりません。忌中の考え方はお盆に神社へ行ってはいけない?にも整理しています。

それどころか、10月の神社は祭りが続きます。

秋祭りののぼりが立つ参道を思わせる想像の景色(挿絵)です。特定の神社ではなく、実際の地形・建物の再現ではありません。
秋祭りののぼりが立つ参道を思わせる想像の景色(挿絵)です。特定の神社ではなく、実際の地形・建物の再現ではありません。

神社本庁が挙げる恒例祭には、10月17日の神嘗奉祝祭(かんなめほうしゅくさい)があります。伊勢の神宮で行われる神嘗祭にあわせて、各神社で行う奉祝のお祭りです。

大阪でも同じです。住吉大社の公式サイトに載る10月の年中行事は、次のとおりでした。

住吉大社の第一本宮
住吉大社の第一本宮
日付祭名
10月9日大歳社例祭
10月13日大海神社例祭
10月15日おいとしぼし社秋季例祭
10月16日龍社例祭
10月17日宝之市神事・升の市
10月19日后土社例祭
10月21日船玉神社例祭

ひと月に七つ。留守どころではありません。

10月17日の宝之市神事について、住吉大社はこう説明しています。

宝之市神事は御神田で育った稲穂を刈り取り、五穀と共に神様にお供えする特殊神事です。

今宮戎神社の年間祭典にも、10月には朔日祭・月次祭とならんで「神嘗祭当日祭」が置かれています。神嘗祭は10月17日、神宮に新穀を奉るお祭りです(新嘗祭とはで神嘗祭との違いを整理しています)。

近くの社で10月に何が行われるかは、開運カレンダーにも並べています。日程や参列の可否は社ごとに違いますので、お出かけ前にその年の公式案内をご覧ください。作法そのものは、いつもどおりで構いません(参拝の基本作法)。

大阪から、出雲へつながる社

最後に、出雲とゆかりのある社を二つ。

東京の六本木に、出雲大社東京分祠があります。公式の由緒は「出雲大社八十代宮司で出雲大社教の初代管長である千家尊福公」が、明治11年1月11日に神田神社社務所内へ東京出張所を設けたのが始まりだと記しています。明治16年5月4日には神殿を設け、尊福が出雲から御分霊を奉じて鎮祭した、とも続きます。出雲から遠く離れた場所に、大国主大神の御分霊がまつられている社です。

大阪では、浪速区の大国主神社(敷津松之宮)。境内の大国主神社は、江戸期に出雲大社から御神霊を勧請したと伝えられています。こちらは一次資料まで遡れておらず、複数の紹介資料での一致にとどまります。地下鉄の駅名でおなじみの「大国町」は、この社のそばです。

大国主神社(敷津松之宮)の境内の大国社
大国主神社(敷津松之宮)の境内の大国社

神無月に神々が出雲へ向かうのだとしたら、その道は、どこかでこういう社ともつながっているのかもしれません。

資料で確かめられたのは、ここまでです

確かめられたこと。

確かめられなかったこと。

おわりに

神無月という言葉で、いちばん面白かったのは「な」の一文字でした。

無なのか、の、なのか。たった一字の読み方で、神がいない月にも、神をまつる月にもなる。しかも辞典は、有力なのは後者だと書いたうえで、前者の言い伝えを丁寧に添えています。どちらかを消してしまわないところが、辞典の誠実さなのだと思います。

出雲では、いまも11月に神々を迎える祭りが続いています。ほかの土地では、10月に秋祭りが続いています。留守だという土地にも、留守番の神がいると語り継がれてきました。どこにも、神のいない場所は作られていません。

今年の秋、近くの社にのぼりが立っていたら、少し足を止めてみると良いですね。


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参考・出典

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