現地レポ
住吉大社のまわりの社めぐり — 竜宮の神様、風鈴の音、万葉集の杜若
住吉大社の記事の続きです。この日は本殿のまわりの小さな社もいくつか歩いたので、その記録を書きます。
最初に迷い込んだのは、竜宮の神様でした
入口を間違えて北の端から入った話は前の記事に書きましたが、そのとき最初に上がった石段の先が、大海神社(だいかいじんじゃ)でした。

そのときは「ここが住吉大社なのかな」くらいに思って通り過ぎたんですが、帰ってから調べて驚きました。祀られているのは豊玉彦命と豊玉姫命。海幸山幸の神話に出てくる、竜宮の王様とその娘です。公式サイトによると住吉大社の摂社の中で最も社格が高く、「住吉の別宮」と称えられてきた社で、本殿は宝永5年(1708)の造営、本社と同じ住吉造で重要文化財でした。

知らずにお参りしていた場所が竜宮の神様だったというのは、あとから効いてくるものがあります。人もまばらで、本社の賑わいとは別の時間が流れていました。
生根神社 — 御朱印はもらえなかったけれど
住吉大社を出て北へ数分歩くと、生根神社(いくねじんじゃ)があります。

社務所には、どなたもいらっしゃいませんでした。御朱印は残念ながらもらえず。お盆の午後でしたし、こういう日もあります。
その分、境内をゆっくり見ました。まず目についたのが「百度石」と彫られた石柱です。

これ、確か住吉大社の種貸社にもありました。この石と社殿のあいだを百回往復してお参りする「お百度参り」の目印だそうです。同じ日に二つの神社で見かけると、この土地でどれだけの人が何かを願って往復したんだろう、と考えてしまいます。
境内には「もちの木」と札の立つ大きな木があります。樹齢500年以上、名木の指定を受けているとのこと。500年ということは、関ヶ原の戦いよりも前からここに立っている計算になります。

そして本殿の左手に、風鈴がずらりと吊るされた一角がありました。

風が抜けるたびに、音色がすごくきれいでした。札によると、願い事を書いた短冊を風鈴につけられるそうです(初穂料500円)。無人の境内に風鈴の音だけが鳴っている時間は、ちょっと得をした気分でした。
浅澤社 — 万葉集に詠まれた杜若の社
夕方4時半ごろ、住吉大社の南にある浅澤社(あさざわしゃ)に寄りました。住吉大社の境外末社で、小さな社のまわりを杜若(かきつばた)の池が囲んでいます。


現地の説明板((公財)住吉名勝保存会)に、万葉集の歌が掲げられていました。
住吉の浅沢小野の杜若 衣に摺りつけ着む日知らずも
説明板によると、その昔このあたりは清水の湧く大きな池沼で「浅沢」と呼ばれ、奈良の猿沢・京都の大沢と並ぶ近畿の名勝だったそうです。昭和に入って「忘水(わすれみず)」と呼ばれた清水も枯れてしまい、一時は杜若の代わりに明治神宮の花菖蒲が植えられていたものの、地元の要請で平成9年(1997)の川の改修にあわせて水脈を加え、各地の原種の杜若を集めて復活させた——とありました。「住吉区の花」が杜若なのは、ここが由来だそうです。
公式サイトでは「住吉の弁天さん」と呼ばれ、女性守護・芸能上達の社とされています。初辰まいりの3番目の社でもあります。8月なので杜若の花期ではありませんでしたが、池の緑は濃くて、往時の「浅沢」を少しだけ想像できました。
この日のこまごまとした発見
- 住吉大社の東側の道に「住吉神宮寺跡」の碑がありました。かつて神社の境内に寺があった時代の名残だそうです。碑だけがぽつんと立っています

- 生根神社へ向かう途中に「飛鳥への小径(こみち)」という案内板もありました。住吉大社周辺のまちなみの説明とセットで、このあたりが古い街道筋だったことが書かれています
次の記事では、住吉公園と高灯籠——このあたりが昔は海だった、という話を書きます。
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参考・出典
- 摂社 | 境内をめぐる | 住吉大社
sumiyoshitaisha.net - 初辰まいり | 参拝・祈祷 | 住吉大社
sumiyoshitaisha.net - 浅澤社の現地説明板「浅沢の杜若」((公財)住吉名勝保存会)・生根神社の現地札(2026-08-14 現地確認)